かつて日本中を沸かせた伝説のビジュアル系ハードロックバンド、X JAPANのリーダーでドラムのYOSHIKIは、現在どんな活動をしているのでしょうか?最近ではボーカルのToshIもテレビでよく見かけるようになりましたが、現在のX JAPANは全盛期の頃と比べてどうなっているのでしょうか?時を経た今もまだまだ人気を誇るX JAPANとYOSHIKIの魅力を調べてみました。

YOSHIKIの現在は?全盛期との比較やX JAPANの魅力を紹介!

目次

  1. X JAPANのリーダー兼ドラム、YOSHIKIとは
  2. YOSHIKIが率いる伝説のハードロックバンド、X JAPANとは
  3. YOSHIKI以外のX JAPANのメンバー(デビューから現在)
  4. X JAPANとYOSHIKIの全盛期のエピソード
  5. X JAPAN解散
  6. YOSHIKI、朋友HIDEを失う
  7. YOSHIKI復活
  8. X JAPAN活動休止中のYOSHIKI
  9. 当時活躍していたビジュアル系バンド
  10. 他のビジュアル系バンドの現在は?
  11. X JAPAN再結成
  12. YOSHIKI手術
  13. YOSHI率いるX JAPANの現在
  14. YOSHIKIの現在
  15. 現在も増え続ける、X JAPANやYOSHIKIの全盛期を知らない若い世代のファン

X JAPANのリーダー兼ドラム、YOSHIKIとは

X JAPANのドラム。カリスマ的存在でリーダーのYOSHIKI。今もかっこよくて魅力たっぷりの彼はどういう人物なのでしょうか。画像も合わせて見ていきましょう。

YOSHIKI (本名 林 佳樹)
1965年11月20日生まれ、千葉県館山市出身、X JAPANのリーダーで、ドラム、ピアノ担当

X JAPANのリーダーで完璧主義者。X JAPANの曲の9割を作詞作曲しています。3歳からピアノを習い、ピアニストになる予定でした。キレやすいと言われていますが、公の場では温厚な様子です。バラエティ番組に出演している時など、意外に可愛い素顔が覗き見えて親しみやすいです。海外での活動も目覚ましく、溢れる才能で作曲家として様々なアーティストに楽曲提供もしています。

YOSHIKIの実家は老舗の呉服屋で、裕福に育ったそうです。子供の頃は体が弱く、喘息で何度も病院に入院しました。最愛の父を10歳で失った後、たまたまレコード店で見つけたKISSのレコードを聴いて衝撃を受け、母とKISSのコンサートに行ってからますますのめり込み、ドラムをはじめました。下は全盛期のXJAPANの画像です。

同じくKISSのファンで、ロック好きのToshIとバンドを組み、活動をはじめます。当初からYOSHIKIはドラム、ToshIはボーカル。初めのバンドの名前は「DYNAMITE」でした。

頭が良く、高校は進学校に通っていたYOSHIKI。進路に悩んだ末、ピアニストになるため音楽大学を受験し合格した後、久しぶりにToshIと会って、進学をやめ、Xで成功することを決意します。Xはコンテストに優勝したり、YOSHIKIもドラムで賞を貰ったりして、その音楽的才能は当初から明らかでした。

YOSHIKIが率いる伝説のハードロックバンド、X JAPANとは

デビューしてからその圧倒的な魅力で日本中を虜にした伝説のバンド、X JAPANとは。画像と共に見ていきましょう。

X JAPANの全盛期と現在の画像とその魅力

X JAPANは1982年にドラムのYOSHIKIとボーカルのToshIの2人によって結成されました。2人が高校2年生の頃です。当初のバンド名はXでした。Xという名前はYOSHIKIがつけました。「無限の可能性」という意味があるそうです。YOSHIKIとToshIは幼稚園の頃からの幼馴染で、高校を卒業した2人は、地元の千葉を離れて上京し、メンバーを集めました。

最後にギターのHIDEが加入し、X初期の頃のメンバーが揃ったのが1987年でした。そして1989年4月にCBSソニーからメジャーデビューします。デビューした1989年にはレコード大賞を受賞し、様々な賞を総なめにしました。全盛期の1991年には初の紅白歌合戦出場も果たし、1994年まで連続出演しました。過激なスタイルと美しい音楽性。独特で魅力的な彼らは圧倒的な人気で、今までにないビジュアル系バンドというジャンルを確立しました。

全盛期の1992年には念願だった海外進出し、名前をXからXJAPANに改名しました。日本では魅力満載な国民的な大スター。でも海外ではまだまだ無名の日本のバンド。ブレイクを目指すものの、ボーカルToshIの英語の発音の問題などもあって海外での活動は順調には行きませんでした。

YOSHIKI以外のX JAPANのメンバー(デビューから現在)

歴代のX JAPANのメンバーの画像です。(左から、PATA、HEATH、YOSHIKI、HIDE、TAIJI、ToshI、SUGIZO)

YOSHIKIの幼馴染、奇跡のハイトーンボイスToshI

ToshI (本名 出山 利三)
1965年10月10日生まれ、千葉県館山市出身、ボーカル担当

YOSHIKIの幼稚園からの幼馴染。X JAPANの唯一無二のボーカリスト。その美しい歌声は、人々の心を魅了します。子供の頃からコンプレックスが強く、スターになった後も周りの色々なことに苦悩し、孤独感を感じていたToshIは、ふとしたきっかけからセミナー団体の洗脳を受け、全盛期のX JAPANを脱退します。その後、なんと12年間も洗脳に苦しみましたが、幸い洗脳がとけて、X JAPAN再結成後、またX JAPANのボーカリストとして活躍しています。

YOSHIKIと同じくX JAPANのカリスマだったHIDE

HIDE (本名 松本 秀人)
1964年12月13日生まれ、神奈川県横須賀市出身、リードギター担当

X JAPANのもう一人のカリスマ。HIDEは、美容師になろうとしていたところをYOSHIKIがXに誘い入れました。YOSHIKIはHIDEを音楽的にも、人間的にもとても信頼していました。X JAPANの解散後、ソロで活動。しかし、X JAPAN解散後、わずか5ヶ月で33歳で急逝しました。HIDEの死は日本中に大きな衝撃を与え、ファンが後追い自殺をするなどの波紋を巻き起こしました。告別式には5万人ものファンが駆けつけ、参列者の列が3kmにもなりました。

天才的なベーシスト、TAIJI

TAIJI (本名 沢田 泰司)
1966年7月12日生まれ、千葉県市川市出身、ベース担当

TAIJIもYOSHIKIにその才能を見込まれ、Xに誘い込まれました。担当はベースですが、ギターの腕も相当なもので、早弾きはHIDEより上手でした。ベースのテクニックも天才的で、その腕は日本一と言われたほどでしたが、1998年東京ドーム公演を最後にX JAPANを脱退します。その後いくつかのバンドに参加し、音楽活動を続けますがいずれも長く続かず、自身のバンドを本格始動させた翌年の2011年、サイパンでその波乱万丈な人生の幕を閉じました。(享年45歳)

魅力溢れるギタリスト、PATA

PATA (本名 石塚 智昭)
1965年11月20日生まれ、千葉県千葉市出身、ギター担当

ドラムのYOSHIKI、ボーカルの ToshIと共に初期からのメンバー。PATAという名前は、性格が似てると言われたパタリロからきているそうです。酒好きで巨人の大ファン。ギターの腕は確かで、HIDEのパートは全て弾けます。上の画像は初のソロアルバムジャケットの画像。

TAIJIを継ぐベーシスト、HEATH

HEATH (本名 森江 博)
1968年1月22日生まれ、兵庫県尼崎市出身、ベース担当

TAIJIの脱退後にHIDEが見つけてきたメンバー。寡黙でクールなイメージがあります。偉大なベーシスト、TAIJIの後を見事についでいます。スレンダーなイケメンで、女性ファンに人気があります。

ギターとバイオリンの二刀流、SUGIZO

SUGIZO (本名 杉原 康弘)
1969年7月8日生まれ、神奈川県秦野市出身、ギター・バイオリン担当

LUNA SEAのギタリスト。両親共に東京都交響楽団員という音楽一家に生まれ、幼い頃からバイオリンを学びました。多くのバンドから引っ張りだこの、優れた音楽的才能の持ち主。ギターとバイオリンの二刀流です。

X JAPANとYOSHIKIの全盛期のエピソード

CD総売上2100万枚!小泉元首相も大ファンだという、国民的大人気だった全盛期のX JAPANには、魅力たっぷりのたくさんのエピソードがあります。画像、映像と共にいくつか見ていきましょう。

当時はその独特なコスチュームやメイクを真似たファンがあふれたり、YOSHIKIに憧れてドラムを始めるドラマー志望の若者が急増しました。

X JAPANを語る上で欠かせないのが、その過激なパフォーマンス。コンサートで5万人が名物のXジャンプをすると、東京ドームの周辺が震度3を記録したり、かなり遠く離れた雀荘のパイが倒れたりしたという驚愕のエピソードが語り継がれています。

ファンが嘆き悲しむ中、1997年12月31日に行われた解散コンサートはたった1日でした。52000枚のチケットがたった2分で完売。最短記録だそうです。

コンサートが白熱してくると、危険も顧みずドラムに思い切り飛び込んで破壊してしまうYOSHIKI。度々後で後悔することもあったそうで、ドラムには「飛び込み禁止」の張り紙をしていたそうです。それでも飛び込んでしまうYOSHIKI…。その迫力はものすごいものでした。

X JAPAN解散

1997年4月、全盛期の最中、ボーカルToshIがXを脱退したいとYOSHIKIに申し入れをしました。当時ToshIは洗脳されていました。メンバーの反対も効果がなく、9月にToshI以外の4人で解散記者会見をしました。そして1997年12月31日に東京ドームでたった1日の解散ライブ「THE LAST LIVE」をし、その後すぐにNHKホールへ移動して最後の紅白歌合戦に出場。Forever Loveを歌い上げて惜しまれつつ解散しました。

YOSHIKI、朋友HIDEを失う

皆仲のいいバンドでしたが、中でもYOSHIKIが一番信頼を置いていたのがHIDEでした。X JAPANは解散したものの、それは一時的で、数年後にはToshIが無理でもほかのボーカルをたてて再結成する予定でした。HIDEは1997年12月31日のX JAPANの解散後の翌日、1998年1月1日にhide with Spread Beaverとして朝日新聞に全面広告を掲載し、活動を始めます。

しかし、そのわずか5ヶ月後の1998年5月2日、HIDEは突然この世を去ってしまいました。あまりの衝撃に、日本中が揺れました。告別式はテレビで生中継されました。献花に多くのファンが押し寄せ、その数は5万人ほどだったと言われています。パニックになって救急車で運ばれるファンが出たりもしました。また、熱狂的ファンが後追いをするなど、多くの人に愛されたHIDEの死は、多くの人に深い悲しみと大きな社会現象を巻き起こしました。

上はHIDEの画像。そのカリスマ的な魅力にファンは惹きつけられ虜になりました。今もずっと彼を愛し続ける根強いファンが大勢います。

YOSHIKI復活

公私にわたって大切な存在のHIDEを突然失い、悲しみに打ちひしがれたYOSHIKIは、全ての表舞台から退く決心をします。そんなある日、YOSHIKIの元にある依頼が舞い込みます。1999年、天皇陛下御即位10周年記念の式典の奉祝曲の作曲と演奏でした。突然の大きな依頼にYOSHIKIは悩みましたが、最終的に母の言葉に押されて、受けることを決意。見事に素晴らしい曲「Anniversary」を書き上げ、立派に式典での演奏を成し遂げました。

表舞台には二度と立たないという決心をしていたYOSHIKI。でもこの時の観客の大きな歓声が彼の閉じていた心を溶かしました。決心を揺るがせ、もう一度ステージに立ってみようと思わせてくれた、YOSHIKIの音楽人生が救われた瞬間でした。

X JAPAN活動休止中のYOSHIKI

式典後、拠点のロサンジェルスに戻ったYOSHIKI。HIDEの死後、彼のために曲を書いたものの、その曲によって悲しみが増殖してしばらく作曲できなかったというYOSHIKIですが、天皇陛下御即位10周年記念の式典の後、封印していた何かが解放されたように、次から次へとメロディーが浮かんできたそうです。表舞台から遠ざかっていた間にも届き続けるファンからの熱いメッセージに励まされ、2002年に帰国した際に全国でフィルムコンサートを行ったりもしました。

当時活躍していたビジュアル系バンド

ビジュアル系バンド全盛期だった当時、活躍していたX JAPAN以外のビジュアル系バンドも画像を加えて見てみましょう。

筋肉少女帯

全盛期の筋肉少女帯。ボーカルの大槻ケンヂは、まるで教祖のように崇められるほどのカリスマ的人気でした。

LUNA SEA

イケメンぞろいのLUNA SEA。YOSHIKIやHIDEにも見初められた実力も兼ね備えたバンド。2000年に一旦活動休止しました。

BUCK-TICK

BUCK-TICKのボーカル、櫻井敦司。デビュー当時は急進的なハードコアバンドであるザ・スターリンのカバーバンドでした。

GACKT(MALICE MIZER)

GACKTは2代目のボーカル。そのビジュアルは、芸術的な美しさです。楽曲・衣装・セットの点において独自の世界観を徹底した奇抜なパフォーマンスで知られ、楽曲はクラシック音楽とロックを巧みに織り交ぜたものでした。

L'Arc〜en〜Ciel

ポップな曲、ハードロック、バラード、打ち込みを多用した楽曲など、ジャンルに囚われない曲作りが特徴。それぞれ全員が作詞作曲を行い、今も様々な楽曲を生み出し続けています。

他のビジュアル系バンドの現在は?

ビジュアル系バンド全盛期を謳歌したこれらのバンドたちは、現在どういう活動をしているのでしょうか。

現在の筋肉少女帯

色々な問題が重なり、1999年に活動を停止して事実上の解散状態になりましたが、2006年に活動を再開しました。

LUNA SEAの現在

1997年の終幕後も5人5様の活動をしていましたが、2010年に再結成して、今もライブ活動をしています。

BUCK-TICKの現在

1980年代後期のバンド・ブーム期から現在まで、メンバーの脱退・加入等一切なく、解散することもなく、メジャー・レーベルで活動を続ける数少ないバンドです。

GACKTの現在

今も、そのカリスマ性は健在なGACKT。音楽活動からラジオ、テレビのバラエティ番組まで今も引っ張りだこの多才な人。最近はその素晴らしいセンスを活かしてドレスのデザインまでしています。

GACKTはYOSHIKIとも旧知の仲の仲良しで、たくさんの楽しいエピソードが語り継がれています。

L'Arc〜en〜Ciel・HYDEの現在

二度の活動休止、メンバーチェンジを経て、現在も活動しています。画像は現在のHYDE。今も美しいです。

X JAPAN再結成

X JAPANは2007年に再結成します。約10年ぶりの再結成を発表した後の東京ドーム3日連続公演の約15万枚のチケットは先行予約だけで応募が20万枚を超え、一般発売開始後数秒で完売しました。ライブタイトルは「攻撃再開」。いよいよX JAPANの戦闘態勢が整いました。解散後も、リアルタイムで彼らを見ていない10代のファンが増え続け、YOSHIKIの元に一度でいいから生のライブを見たいなどの熱い要望が届き続けたといいます。

 

復活公園は当初2日で間一日を空けていましたが、先行予約があまりに多く、YOSHIKIは復活を待ち望んでいた多くのファンが公演を見れないことに心を痛めました。座席をなんとか増やすことも考えましたが、それでは数が全く及ばないため、3日間連続公演を決心しました。頸椎を痛めていたYOSHIKIにとって3日間連続の演奏は致命的だったのにも関わらず…。

YOSHIKI手術

YOSHIKIの最大の魅力の一つは、その激しいドラムプレイです。しかし、度重なるその激しいドラムプレイの首への負担は多大で、YOSHIKIの首は酷いヘルニアを患い、大変な手術を余儀なくされてしまいました。2017年5月、頸椎人工椎間板置換手術という大きな手術を受けました。

YOSHI率いるX JAPANの現在

結成以来、大きな成功と同時にたくさんの苦難もくぐり抜けてきたX JAPAN。再結成した後も、その魅力は衰えていません。下の画像は最近のX JAPAN勢揃いの画像です。

頸椎の大手術の後、ドラムを封印して懸命にリハビリに励んだYOSHIKI。2017年7月には、X JAPAN初の試みである、YOSHIKIがドラムでなくピアノを演奏する、アコースティックライブ『X JAPAN WORLD TOUR 2017 WE ARE X Acoustic Special Miracle~奇跡の夜~6DAYS』を公演し、多くのファンを感動させました。日本全国ばかりか、海外からもファンが押し寄せ、新しい試みは大成功を収めました。

YOSHIKIの現在

YOSHIKIは現在もロサンジェルスを拠点に、国内はもちろん、世界中幅広く活躍の場を広げています。自身の音楽活動やテレビ出演に加え、ハリウッドや日本映画のテーマソングを手がけたり、ファッションと音楽を融合させたイベントを立ち上げたり、自身の着物ブランドを作ったり、アメリカで人気のエナジードリンクのエグゼクティブプロヂューサーを務めるなど、今やミュージシャンの枠に囚われない生きる伝説です。

X JAPANは今年4月、東京で再結成10周年記念ライブを行いました。術後初のドラム演奏。MCで「手術の後はステージに戻れるとは夢にも思わなかった。ドラマーとして終わって、歩けて普通の生活ができればと思った。でもここでは終われない。みんなの支えがあってここまで来ることができた。本当に感謝しています。『七転び八起き』というけど、『100転び101起き』で、また転んでも支えておくれ。俺達もお前達を支えるから」と総立ちのファンに語りました。

YOSHIKIのドラムパフォーマンスは、手術後初めてだとは信じられないくらい、以前と同じく激しくパワフルなものでした。困難に立ち向かう強さ、何という努力。その姿はファンの心を強く打ちました。

全世界に熱狂的なファンを持つYOSHIKI。テレビ出演の際には、イメージを覆す、どこか可愛らしい一面を覗かせています。でも言葉の端々に、奥深くてものすごく強いものと、鋭い知性を感じます。また、YOSHIKIはチャリティー活動にも力を入れています。

現在も増え続ける、X JAPANやYOSHIKIの全盛期を知らない若い世代のファン

昔からの根強いファンに加え、YOSHIKIやToshIがそれぞれテレビに出演したり、映画が話題になったり、楽曲が様々なメディアで使われたりしてそこから全盛期のX JAPANを知らなかった若い世代がその魅力の虜になるなど、X JAPANのファンは国内外で今も増え続けています。多くのミュージシャンやその他の分野で活躍する人々にも影響を与え続けています。

X JAPAN現在から未来へ

幅広いファンを今も惹きつける、X JAPANの色褪せない魅力。その素晴らしさは、いくつかの画像、映像や文章ではとても伝えきれるものではありません。様々な困難を乗り越えてなお、羽ばたき続けるX JAPAN。その名の通り、無限の可能性を実現し続けて欲しいです。


評価 3.8/ 5(合計7人評価)

記事へのコメント

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  • 1: 名無しさん2018-06-24 19:57:43

    すごいいっぱい書いていて、 すごいなあと思いました。 写真もいっぱいあって、かっこよかったです。 もっといっぱい書いてくだしゃい。

※コメントは承認後に公開されます。

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