スペシャルウィークはかつて日本の競走馬、種牡馬だった。東京優駿(ダービー)や天皇賞(春・秋共に)、ジャパンカップなどに勝利し、当時の日本最高賞金獲得馬だった。また、武豊の初ダービー制覇という記録も作った。そんなスペシャルウィークはの成績などを紹介したい。

スペシャルウィーク成績まとめ!武豊と初のダービー制覇をした競走馬!

目次

  1. どんな父馬、母馬から生まれたの?
  2. どこで生まれたの?
  3. デビューの1997年
  4. 山あり谷ありの1998年
  5. 復活した1999年
  6. 大接戦の有馬記念
  7. JRA賞で大論争
  8. 引退後の生活
  9. 子供たちもすごい!
  10. 現在はどうしているの?

どんな父馬、母馬から生まれたの?

スペシャルウィークの父はサンデーサイレンス

スペシャルウィークの父はサンデーサイレンスというアメリカ合衆国生まれの競走馬だ。1996年にアメリカ競馬殿堂入りを果たしている。引退後は日本で種牡馬となり、初年度産駒がデビューした翌年1995年から13年間日本のリーディングサイアーを獲得した。また、中央競馬における種牡馬にまつわる記録を次々と更新し日本競馬界において大きな影響をもたらした。

なお、産駒はサンデーサイレンス系と呼ばれている。なお、サンデーサイレンスの血統の特徴として遺伝力の強さを挙げている。サンデーサイレンスには走行中進路が左右にぶれる癖があり、産駒にも同様の傾向を示す馬が多かったと武豊騎手は指摘している。また、どんな牝馬でも結果を残すという評価もある。

スペシャルウィークの母はキャンペンガール

スペシャルウィークの母は名牝シラオキの血統を持ち、日高大洋牧場の期待の牝馬だった。栗東の小林稔厩舎に入厩したが、気性が荒く、デビュー前に脚を怪我し、未出走に終わっている。成績は無くとも血統の良さから繁殖牝馬としての牧場の期待は高かった。1番目の仔は気性の荒さを受け継ぎ、去勢手術もしたが競走馬としては活躍できなかった。2番目の仔も気性が荒く、放牧中に骨折し競走馬にはなれなかった。

3番目の牝馬は2勝をあげたが、ゲート試験に合格をなかなかしないという気性の荒さを持っていた。4番目の仔はさらなる気性の激しさから競走馬としては活躍できなかった。血統は良いが産駒をレースに出すことさえ難しい母であったが、そんな中5番目の仔がスペシャルウィークとなる。

サンデーサイレンスも気性が激しく、気性の激しい馬同士の配合は危険を伴った。受胎中に幾度も疝痛を起こして衰弱し、サンデーサイレンスを出産するとキャンペンガールはその5日後に死亡してしまった。

母はマルゼンスキーの血統を引いている

スペシャルウィークの母方の父はマルゼンスキーである。マルゼンスキーは成績8戦8勝と生涯無配で現役を終え、日本競馬界で最強馬のうちの1頭である。マルゼンスキーがあまりにも強かったために、出走するレースにはキャンセルをする競走馬が続出してしまうほどだった。

マルゼンスキーは持ち込み馬であったため、当時の規定から多くの主要レースに出走することが出来なかった。また、4歳目前に脚を故障してしまい引退する形となってしまった。その後種牡馬となったが、多くのGⅠ馬・重賞馬を輩出し、その血統は広められた。そのうちの1頭がスペシャルウィークだ。

どこで生まれたの?

スペシャルウィークは北海道の日高大洋牧場で生まれた。母馬のキャンペンガールは前述のとおり、出産の5日後に死亡してしまった。そのため、スペシャルウィークは幼少期はばんえい競争用の農耕馬に育てられた。乳母の気性もきついため人の手をかけて育てられたため、人懐っこい子馬だったという。

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デビューの1997年

スペシャルウィークは1997年11月にデビューした。デビュー戦は単勝1番人気で勝利した。デビュー前より「この馬は走る」と武豊騎手は確信していたそうだ。

山あり谷ありの1998年

しかしスペシャルウィークは明けて1998年1月6日の白梅賞は2着に敗れてしまう。その後きさらぎ賞に格上挑戦し重賞制覇を達成する。続く弥生賞も良血統のキングヘイローやデビューから2戦2勝と勢いにのるセイウンスカイを抑えて勝利した。皐月賞では単勝1番人気だったが、3着に敗れてしまう。東京優駿(日本ダービー)では武豊騎手が途中鞭を落とすなどのハプニングがあったが、5馬身差で勝利をした。

実は武豊の初のダービー制覇だった。スペシャルウィークの秋は京都新聞杯からスタート。キングヘイローを抑えて勝利するが、次走の菊花賞ではセイウンスカイが世界レコードをたたき出し2着に敗れてしまった。ジャパンカップでは騎乗停止中の武豊騎手に代わり、岡部幸雄騎手が騎乗。しかし、単勝1番人気だったものの成績は3着に終わってしまう。

復活した1999年

スペシャルウィークは年明けに馬主権利の半分が社台グループに4億5000万円で譲渡されることとなる。初戦のアメリカジョッキークラブカップは勝利。そして、次の阪神大賞典では前年の天皇賞(春)に勝ったメジロブライトを破った。陣営は年内の引退を発表し、凱旋門賞挑戦のプランを掲げ、その壮行レースとして宝塚記念に出走。

結果はスペシャルウィークをずっとマークしていたグラスワンダーが勝利し、惜しくも2位だった。この敗戦により凱旋門賞への挑戦は撤回されてしまった。秋初戦の京都大賞典では7着となる。このころのスペシャルウィークは調教で動かなくなってしまう。

天皇賞(秋)では、スペシャルウィークの馬体重は前走から16キログラム減の470キログラムだった。ダービー時の体重だった468キログラムに近づければ以前のような走りをするかもしれないという陣営の考えだったそうだ。その考えは見事あたり、レースレコードで勝利し、タマモクロスに続く2頭目の天皇賞春秋連覇を達成した。ジャパンカップでも凱旋門賞でエルコンドルパサーを破ったモンジューなどの海外馬に勝利した。

大接戦の有馬記念

武豊騎手のガッツポーズとスペシャルウィークの引退レース

スペシャルウィークの引退レースとなった有馬記念では、最後方の位置から同じく後方に控えたグラスワンダーをマークするという宝塚記念とは逆の作戦を取った。ぴったりとマークし、坂をあがってようやく先頭にでたグラスワンダーをスペシャルウィークが抜いたところでゴールとなった。見ていた人は皆スペシャルウィークが差し切ったと思っただろう。武豊騎手も中山競馬場を1周し、ガッツポーズまでしたのだった。

しかし写真判定の結果4センチの差でグラスワンダーの勝利だった。首の上げ下げの差だったという。レース後、武豊騎手は「競馬に勝って勝負に負けた感じです」と言っていた。こうしてスペシャルウィークの競走馬としての生活は終わった。

JRA賞で大論争

スペシャルウィーク・グラスワンダー・エルコンドルパサーの三つ巴

1999年の中央競馬ではスペシャルウィークが2頭目となる天皇賞の春秋連覇を達成するなどGⅠレースで3勝をあげた。一方グラスワンダーは宝塚記念と有馬記念を連覇し、いずれもスペシャルウィークに対し勝利を収めている。また、エルコンドルパサーがG1のサンクルー大賞を優勝し、凱旋門賞では日本調教場初の連対果たしている。当時JRA賞の先行において記者投票で過半数の表を獲得した馬が各部門馬に選出される。

もし過半数に届かなければ部門についてはJRA賞受賞馬選考委員会における審議により決定という形がとられていた。記者投票ではスペシャルウィークが首位だったが、票数が過半数に届かなかったため、審議によりエルコンドルパサーに決定した。このときは大論争となり、スペシャルウィークとグラスワンダーはJRA賞特別賞が贈られた。

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引退後の生活

スペシャルウィークの種牡馬時代

引退後は種牡馬入りし、北海道の社台スタリオンステーションに繋養された。初年度産駒は出世が遅めだったのに対し、2年目の産駒は次々と出世していく。

子供たちもすごい!

スペシャルウィークの血統を継いだ馬:ブエナビスタ

ブエナビスタは総獲得賞金は中央競馬とドバイを合わせると14億7886万9700円に達し、日本調教馬として歴代4位、牝馬としては歴代2位であり、生涯成績は23戦9勝である。また、JRA賞を2歳時から4年連続で受賞している。また草野仁さんが一口馬主として出資していたことでも有名である。

スペシャルウィークの血統を継いだ馬:シーザリオ

シーザリオは日本生まれの父内国産場の元競走馬で現在は繁殖牝馬である。生涯成績は6戦5勝(中央競馬で5戦4勝、アメリカで1戦1勝)である。現役時代にはオークス、アメリカンオークスに優勝している。最優秀3歳牝馬、最優秀父内国産馬を受賞しており、シーザリオの主戦騎手を務めていた福永祐一騎手は最強の牝馬だったと語っている。

スペシャルウィークの血統を継いだ馬:トーホウジャッカル

トーホウジャッカルは2014年の菊花賞を勝利した馬である。生涯成績は13戦3勝で、獲得賞金は2億1328万円である。なおデビューから149日での菊花賞制覇は史上最短記録である。しかしその後右前脚の爪を痛めたり、屈腱炎を発症したりと思うようなレースができず現役引退をした。

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現在はどうしているの?

スペシャルウィークは2017年2月3日に17年に及ぶ種牡馬生活を引退した。現在は日高町旭町にある生まれ故郷の日高大洋牧場にて功労馬としてのんびりとすごしているそうだ。以前から種牡馬生活を引退する時は面倒をみたいという日高大洋牧場のオーナーからの希望だった。現在スペシャルウィークの見学は出来ないが、もしかするとイベントで見れる可能性があるかもしれない。


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