美しさと抜群のスタイルを誇るモデルの中で、今回は黒人モデルに注目してみました。アメリカやヨーロッパ、アフリカ各国出身の美しい黒人モデルが活躍している昨今、さまざまな活動で注目を集めている黒人モデルが数多くいます。スタイル抜群の美女の画像をお楽しみください。

黒人モデルの美しすぎる画像集!抜群のスタイルのモデル美女を厳選紹介

目次

  1. 美しい黒人モデルに注目!
  2. 伝説のスーパーモデル!ナオミ・キャンベル
  3. 圧倒的知名度を誇る黒人モデル!タイラ・バンクス
  4. バービー人形のようなダッキー・ソット
  5. 勇気ある黒人モデル!エボニー・デイビス
  6. 歴史的大役を務めたジャネイ・ファーマン
  7. 「闇の女王」ニャキム・ガトウェック
  8. 「ジバンシィ」のミューズ!マリア・ボルゴ
  9. ブラック・ビューティー!ジョージー・バディエル
  10. もう1人の新御三家シャネル・イマン
  11. エチオピア出身の黒人モデル!リヤ・ケベデ
  12. オランダ生まれのイマン・ハマン
  13. デビッド・ボウイの妻!イマン・アブドゥルマジド
  14. アルビノの黒人モデル!タンド・ホパ
  15. 美しい黒人モデルに魅了される!

美しい黒人モデルに注目!

艶やかな姿態と抜群のスタイルの黒人モデル

モデルさんといえば、美女が多いことは周知の事実。その中でも、黒人モデルは艶やかな姿態と抜群のスタイルが大きな魅力です。今回は、レジェンド級の黒人モデルから、最近注目を集めている若手黒人モデル、社会的発言が大きく取り上げられた黒人モデルなど13人をピックアップしてみました。是非、その魅力的な画像をお楽しみ下さい。

伝説のスーパーモデル!ナオミ・キャンベル

抜群のスタイルと美女ぶりが人気となったナオミ・キャンベル

黒人モデルといえば、まず初めにご紹介したいのがナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)。1970年にイギリスで生まれたナオミ・キャンベルは、15歳の時ロンドンでスカウトされモデルの道へ。177センチの長身と、抜群のスタイルを活かして瞬く間に人気モデルへと成長しました。彼女のお母さんはジャマイカ出身のバレエダンサーだったそう。

スーパーモデルのムーブメントともに

ナオミ・キャンベルがモデルの仕事を始めた80年代から90年代は、世界的なスーパーモデルブームが起こっていました。中でも、クラウディア・シファー、シンディ・クロフォード、リンダ・エヴァンジェリスタ、クリスティー・ターリントン、ケイト・モス、そしてナオミの6人は「ビッグ・シックス」と呼ばれるほどの超人気セレブとなっていったのです。こちらの画像は、ナオミとクリスティーの2ショットです。

パリ版『ヴォーグ』誌の表紙を飾った初めての黒人モデルに

スーパーモデルのブームに乗ったナオミは、パリ版の『ヴォーグ』で黒人モデルとして初めてカバーを飾りました。数々のハイブランドのショーのランウエィを歩き、ジョージ・マイケルやマドンナ、マイケル・ジャクソンなどのミュージックPVにも出演するなど各方面で大活躍したのです。こちらの画像は、ナオミがパパと呼び慕ったデザイナーのアズディン・アライアとのショットです。

レジェンド級の黒人モデル!

このように、ナオミ・キャンベルは黒人モデルの中でもレジェンド級の存在です。実の父親を知らずに育ったナオミは、かのネルソン・マンデラを祖父がわりとし、クインシー・ジョーンズや上述のアライアを父親代わりとしています。スーパーモデルとして活躍中から、ブラックアフリカに対する慈善活動にも積極的に関わっています。

圧倒的知名度を誇る黒人モデル!タイラ・バンクス

「有名な黒人モデルといえば?」という問いに必ず上位に上がるタイラ

ナオミ・キャンベルが伝説の黒人モデルだとすると、タイラ・バンクス(Tyra Banks)は圧倒的知名度を誇る黒人モデルといえるでしょう。1973年にアメリカのカリフォルニアで生まれたタイラは、15歳でモデルとしてのキャリアをスタート。ナオミに次ぐ黒人モデルとして、瞬く間に頭角を現していきました。画像を見ても分かるようにスタイル抜群の美女です。

「もっとも稼いでいる女性セレブ」第1位に輝いた黒人モデル

黒人モデルとして初めて表紙を飾った雑誌『GQ』をはじめ、「ヴィクトリアズ・シークレット」の専属モデル「エンジェル」に選出されたり、コスメブランド「カバーガール」のイメージアイコンに選ばれるなど活躍。さらに、オーディション番組である「アメリカズ・ネクスト・トップ・モデル」では、司会兼製作総指揮を務め、2009年には経済誌『フォーブス』の「最も稼いでいる女性セレブ」で第1位を獲得しています。

モデル以外の分野でもマルチに活躍!

タイラ・バンクスの知名度が高いのは、彼女がモデルだけでなく様々な活動をしていることも理由の1つでしょう。上述のオーディション番組のほか、自身の冠番組「タイラ・バンクス・ショー」でも人気を集めました。2017年には「アメリカズ・ゴット・タレント」の司会にも就任。女優業もこなし、自身の自伝的小説「Modelland」を出版するなど、マルチに活躍しています。

バービー人形のようなダッキー・ソット

オーストラリア生まれの南スーダン系美女黒人モデル

続いてご紹介する黒人モデルは、バービー人形のよう!と絶賛されているダッキー・ソット(Duckie Thot)です。彼女は、1995年にオーストラリアのメルボルンで誕生しました。ご両親は南スーダンのご出身です。身長は177cm。恵まれたスタイルを武器に、オーディション番組『オーストラリアズ・ネクスト・トップモデル』に出演しトップモデルへの仲間入りを果たしました。

黒人モデルであることでのさまざまな困難も

ダッキーは、画像の通りの美女ですが、黒人モデルとして、肌の色やナチュラルヘアに関してさまざまな困難にも遭遇してきました。上述のオーデション番組でも、彼女にはヘアスタイリストがつかなかったのです。なぜなら、オーストラリアには、黒人モデルの髪をコーンロウに(編み込み)出来る人が居なかったから。彼女は自分で自分の髪をスタイリングしたそうです。

黒人モデルを取り巻く不遇な状況に声を上げたダッキー

ナチュラルヘアで撮影をする仕事をした際には、ダッキーの髪を「カリフラワーのよう」と揶揄したモデルもいました。それでもダッキーは、自身のInstagramなどで黒人モデルに対しての様々な不遇や心無い声に対する抗議の意思を示し、自分を愛することの大切さを訴え続けています。こちらの画像のような笑顔も可愛いですね!

勇気ある黒人モデル!エボニー・デイビス

ファッション業界における黒人モデル差別を訴えるエボニー

続いてご紹介する黒人モデルは、エボニー・デイビス(Ebonee Davis)。彼女は、ファッション業界にある黒人モデルへの差別に対して、抗議の声を上げたことでも知られています。モデルを使う際に、黒人モデルの人数枠があることや、白人のヘアメイク担当者から酷い扱いを受けたことなども告発しました。ナチュラルな笑顔が美しい美女ですが、黒人差別に対しては断固として戦う意思があるのでしょう。

4歳から続けた縮毛矯正をやめたエボニー

1992年にアメリカで生まれたエボニー。4歳の頃から髪をストレートにする縮毛矯正を続けていたそうです。オーディション番組『アメリカズ・ネクスト・トップ・モデル』に出場し、人気モデルとなりましたが、上述のダッキーと同様に黒人モデルの不当な扱われ方に心を痛めていたそうです。2016年、彼女は髪をストレートにすることをやめ、画像のようにナチュラルなカーリーヘアを貫くこととなりました。

「カルバン・クライン」のキャンペーンにも抜擢された黒人モデル

カーリーヘアに戻ったエボニーには、「カルバン・クライン」や「アディダス」といったトップブランドの仕事が舞い込みます。さらに、「ロレアル」や「パンテーン」といったヘア関係のモデルも務めました。 雑誌では『ティーン・ヴォーグ』『ハーパース・バザール』のイギリス版などで活躍。ファッション業界も現実の社会のように多様性を反映させるべきというエボニーの主張は、TEDトークでも聞くことができます。

歴史的大役を務めたジャネイ・ファーマン

「ルイ・ヴィトン」が初めて起用したファーストルックの黒人モデル

ジャネイ・ファーマン(Janaye Furman)の名前が、大きく知られるきっかけになったのは、2017年のパリコレ。その日、「ルイ・ヴィトン」は同ブランドの163年間の歴史の中で、初めてファーストルックに黒人モデルを起用したのです。それが、ジャネイ・ファーマンでした。ファーストルックとは、文字通りコレクションのトップバッターを務めるモデルのこと。そのシーズンのコンセプトを体現する大役なのです。

演劇を学ぶ学生からモデルへ転身した美女!

ジャネイ・ファーマンは、1996年にアメリカの南カリフォルニアに誕生。ロサンゼルスにあるアメリカン・ミュージカル&ドラマ・アカデミーで演劇を学ぶ学生から、モデルへと転身を遂げました。世界各国の『ヴォーグ』誌でもモデルを務めているジャネイは、『ヴォーグ』日本版にも登場しています。

「闇の女王」ニャキム・ガトウェック

「1万ドルもらったら、肌を白くするか」

続いてご紹介するニャキム・ガトウェック(Nyakim Gatwech)は、南スーダンで生まれ、現在はアメリカのミネソタ州にお住まいです。ニャキムは、2017年の3月に、「1万ドルもらったら、肌を白くするか」という質問を受けたそう。これは、暗に黒人の肌の色に対する侮蔑的な発言でした。彼女はその出来事をInstagramに投稿し、注目を集めたのです。

「私の美しいチョコレート。それが私の体現するもの。」

この投稿で、ニャキムは「一体どうして、神様がくれたこの美しい肌を白くしなきゃいけないの?」と答えたことを明かし、「闇の女王(Queen of Dark)」と称えられることになったのです。モデルとなる以前もなってから以降も、黒人であることで肌の色について色々な事を言われてきたと語るニャキムですが、「私の美しいチョコレート。それが私の体現するもの。戦士の国から来たのだから。」と胸を張っています。

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「ジバンシィ」のミューズ!マリア・ボルゴ

モードが生える抜群のスタイル!

1992年にアンゴラのルアンダで生まれたマリア・ボルゴ(Maria Borges)は、180cmの長身と抜群のスタイルを誇る黒人モデルです。「ジバンシイ」のクリエイティブ・ディレクターを務めるリカルド・ティッシのお気に入りとしても知られています。マリアの魅力は、なんといってもモードが生えるスタイル。美しき美女でありながら、チャーミングな表情も魅力的です。

数々のハイブランドのランウェイを飾る黒人モデル

2012年には17ものブランドのランウェイを歩いたマリアですが、翌2013年は「ジバンシイ」が独占。その後、画像の「ドルチェ・アンド・ガッバーナ」のほか、「ディオール」「エマニュエル・ウンガロ」「エンポリオ・アルマーニ」「マックスマーラ」「ケンゾー」などのブランドでモデルを務めています。2018年には「ヴィクトリアズ・シークレット」の「エンジェル」に決定しました。

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ブラック・ビューティー!ジョージー・バディエル

黒人モデル新御三家の1人

ここで、ブラックビューティーの新御三家と称される黒人モデルをご紹介していきましょう。1人目は、ブルキナファソ出身のジョージー・バディエル(Georgie Baddiel)です。1988年生まれのジョーディーは、2004年に「ミス・アフリカ」に選ばれている美女です。

抜群のポロポーションでモードを着こなす!

ジョージーは、「ボッテガ・ヴェネタ」や「マーク・バイ・マーク・ジェイコブス」「エマニュエル・ウンガロ」のコレクションのランウェイに登場しています。こちらの画像は、「ラルフ・ルッチ」の2018年春夏コレクションのランウェイでの1着。立体的なデザインの赤いドレスを鮮烈に着こなしているジョージーです。

もう1人の新御三家シャネル・イマン

「ビクトリアズ・シークレット」の「エンジェル」としても活躍

ブラック・ビューティーモデル新御三家の3人目は、シャネル・イマン(Chanel Imani)。1990年にアメリカのアトランタで生まれたシャネルは、「ビクトリアズ・シークレット」の広告塔モデル「エンジェル」の1人としても知られています。身長178cm。均整の取れた抜群のスタイルを持つ美女黒人モデルです。

13歳でモデルの道へ

シャネルは、13歳でモデルのエージェントと契約を結び、15歳でプロデビューを果たしました。2007年に『ヴォーグ』アメリカ版の表紙に登場。黒人モデルの大型新人として注目を集めたのです。ハイファッションブランドのショーでも、臆することなくランウェイを闊歩するシャネルのスタイルは称賛されています。黒人モデル新御三家には、もう1人ジャマイカ系イギリス人のジョルダン・ダンがいます。

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エチオピア出身の黒人モデル!リヤ・ケベデ

「グッチ」のコレクションが世に出るきっかけに!

「もっとも成功しているアフリカ系黒人モデル」として知られるリヤ・ケベデ(Liya Kebede)。彼女は、1978年にエチオピアの首都アディスアベバで生まれました。リヤが注目を集めたのは、ハイブランド「グッチ」の2000年秋冬コレクション。ブランドの統括デザイナーだったトム・フォードにキャンペーン・モデルとして抜擢されたことがきっかけでした。

数々のブランドでモデルとして活躍

また、2003年にはコスメブランド「エスティ・ローダー」のモデルを務めたリアですが、これは同ブランドの57年に及ぶ歴史野中で、初めて選ばれた有色人種のモデルだったため、コスメ業界やファッション業界では大きな話題となりました。ほかにも、「イヴ・サンローラン」「エマニュエル・ウンガロ」「ドルチェ&ガッバーナ」「エスカーダ」「ルイ・ヴィトン」など数多のブランドでモデルをしています。

オランダ生まれのイマン・ハマン

ハイブランドを総ナメする勢いの黒人モデル

イマン・ハマン(Imaan Hammam)は、1996年にオランダで生まれた黒人モデルです。父親がエジプト人で母親がモロッコ人のハーフであるイマンは、2010年にスカウトされ、2013年に「ジバンシィ」のコレクションでショーデビューを果たしました。それ以来、「マーク・ジェイコブス」「プラダ」「バレンシアガ」「シャネル」「ジャン・ポール・ゴルチエ」など数多のハイブランドのモデルを務めています。

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デビッド・ボウイの妻!イマン・アブドゥルマジド

ソマリア出身の黒人美女モデル

イマン・アブドゥルマジド(Iman Abdulmajid)は、1955年にアフリカのソマリアで誕生した黒人モデルです。外交官の父親と医者の母親というセレブ家庭に生まれたイマンは、エジプトの高校からケニアのナイロビ大学へ進み政治学を学んでいたそうです。大学在学中にモデルにスカウトされ、活動のためアメリカへ渡りました。

数多のデザイナーのミューズとしても活躍

イマンのモデルとしての活動は、まだ黒人モデルが少なかった1970年代半ばにスタートしました。1976年には『ヴォーグ』誌の表紙を飾りモデルデビュー。その後、ジャンニ・ベルサーチや三宅一生、さらには大御所イヴ・サン=ローランのミューズとして数多のショーに出演しています。2度結婚に失敗していますが、3度目の相手デビッド・ボウイとは、2016年に彼がなくなるまで結婚生活を維持していました。

アルビノの黒人モデル!タンド・ホパ

弁護士からモデルへと転身!

最後にご紹介するのは、アルビノの黒人モデルとして注目を集めているタンド・ホパ(Thando Hopa)。画像を見ると分かるように、髪の毛や眉毛にも色素がありませんね。1989年生まれの彼女の前身は、なんと弁護士。南アフリカのヨハネスブルグで弁護士として勤務していたタンドは、アルビノの抱える苦悩をもっと広く知ってもらいたいと願いモデルの道へ進んだそうです。

アルビノへの偏見をなくすためにあえて人前に立つことを決意

アフリカでは、長い間アルビノに対して差別があり、ひどいときには殺されてしまうこともあるとか。タンドはそうした状況を変えるべく、モデル活動を始めたのです。タンド自身も、4人兄弟の中で自分と末の兄弟がアルビノとして生まれ、周囲からの心無い偏見に傷つけられてこともあったそう。そでも、教育を受け知識や経験を増やしていく中で、知らないことが恐怖心や嫌悪感を引き起こすと考えるに至ったそうです。

幻想的な写真集にも登場!

2018年に出版された写真家ティム・ウォーカーとタイヤ会社の「ピレリ」によるカレンダーでは、『不思議の句のアリス』をテーマに黒人美女たちが幻想的な写真のモデルを務めています。上述のダッキー・ソットやナオミ・キャンベルとともに、タンドも登場しています。

美しい黒人モデルに魅了される!

今回は黒人モデルの中でも、美女として名高いモデルを中心にご紹介しました。黒人差別や偏見は、今なお収まってはいないようです。美しき黒人モデルの中には、そうしたことに声を上げる動きも活発になっているそう。多様な美しさは、画像を通じて感じることが出来るはずです。彼女達がこれからますます活躍する事を期待しましょう。


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