「アニメ映画界の巨匠である高畑勲が死去」という突然の訃報が舞い込んできました。宮崎駿監督が手掛けるジブリ作品でその腕を振るわれた事で知られる高畑勲監督。今回はそんな高畑勲監督の死去に伴い、高畑勲監督が生前に関わってきたアニメや映画作品等をご紹介させて頂きます。

高畑勲監督が死去!「火垂るの墓」など日本アニメ映画の巨匠が関わった作品とは?

目次

  1. 高畑勲監督が生前関わった作品をチェックしよう
  2. 太陽の王子 ホルスの大冒険
  3. パンダコパンダ
  4. じゃりン子チエ
  5. セロ弾きのゴーシュ
  6. 柳川堀割物語
  7. 火垂るの墓
  8. おもひでぽろぽろ
  9. 平成狸合戦ぽんぽこ
  10. ホーホケキョ となりの山田くん
  11. かぐや姫の物語
  12. 監督以外でも多くの作品に携わられた高畑勲監督
  13. アニメ映画の巨匠・高畑勲監督を死去を悼む

高畑勲監督が生前関わった作品をチェックしよう

高畑勲監督死去という訃報が突如舞い込む

宮崎駿監督の盟友であり、日本のアニメ界に多大な功績を残したスタジオジブリのアニメ監督である高畑勲監督が、先日4月5日に死去されたというニュースが舞い込んできました。このニュースは日本ではなく、世界各国の報道機関からも配信され、アニメというコンテンツを通じて世界に大きな影響を与えた偉大なる人物の死去を報じました。アニメ界は大きな人物を一人失ってしまったのです。

高畑勲監督のプロフィール

本名 高畑 勲(たかはた いさお)
別名義 武元 哲(たけもと てつ)
生年月日 1935年10月29日
没年月日 2018年4月5日(82歳没)
出生地 三重県宇治山田市(現・伊勢市)
職業 映画監督・アニメーション演出家・プロデューサー
ジャンル アニメーション映画・テレビアニメ
著名な家族
・高畑浅次郎(父)
・高畑昭久(長兄)
・高畑三夫(次兄)
・岩井俊二(縁戚)
事務所 畑事務所

高畑勲監督を失い宮崎駿監督も憔悴の模様

高畑勲監督の死去(死因は肺がん)は瞬く間に世界中を駆け巡りました。盟友を失った宮崎駿監督はその訃報を聞いて絶句したそうです。宮崎駿監督と高畑勲監督は共に二人三脚で歩んできた間柄。高畑勲監督に対し絶大な信頼と愛情を寄せていた宮崎駿監督は、家族を失ったかの様な喪失感を味わっていらっしゃるのかも知れません。

高畑勲監督の偉大なる作品を振り返っていこう

今回は死去された高畑勲監督が生前携わられた数々の作品をご紹介させて頂きます。高畑勲監督が監督を務められた作品を中心に、演出などでも携わられた作品等もまとめてご紹介。偉大なアニメ人として歴史に名を刻んだ高畑勲監督の人生の歩みをご覧いただきましょう。

太陽の王子 ホルスの大冒険

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集①

それでは高畑勲監督が生前監督としてメガホンを採った作品をご紹介させて頂きます。まず最初にご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「太陽の王子 ホルスの大冒険」です。こちらの作品は高畑勲監督が東映動画時代に製作した劇場用アニメ映画です。1968年7月21日公開・上映時間82分。『東映まんがパレード』(のちの『東映まんがまつり』)の一本として上映された作品です。

高畑勲監督が初めて監督としてメガホンを採ったアニメ映画作品が、この太陽の王子 ホルスの大冒険になります。作品のキャッチコピーは「ホルスはとても強いんだ!」「太陽のつるぎがきらッきらッとかがやくと 巨人モーグがあらわれた! かわいゝ動物やおそろしい怪物もいっぱい!」というモノで、とてもキャッチーなフレーズが印象的な作品です。高畑勲監督はこの作品で演出も担当されております。

宮崎駿&高畑勲のコンビによって数々の作品がこれまでに生み出されてきましたが、この「太陽の王子 ホルスの大冒険」という作品は、宮崎駿巻監督が初めて本格的にアニメの製作にかかわった作品であり、言ってみればその後のジブリ作品へとつ繋がっていく本当の原点ともいえる作品なのです。高畑勲&宮崎駿のコンビのいわばスタートラインとでもいったところでしょうか。

パンダコパンダ

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集②

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「パンダコパンダ」です。この「パンダコパンダ」は続編である「パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻」と共に非常に評価の高い作品として知られております。公開は1972年12月17日。上映時間34分の劇場用中編アニメーション作品です。配給は東宝。高畑勲監督は両作品とも監督を務め、宮崎駿監督は原画の他、原案、脚本、画面設定を担当しました。

このパンダコパンダシリーズは、後のジブリ作品に大きなインスパイアを与えた作品と言われておりますが、それがこの作品がのちの「となりのトトロ」の原型となった作品だと称されているからです。となりのトトロと言えば、老若男女問わず幅広い層から絶大な人気を誇るスタジオジブリを代表する作品の一つですが、その作品はこのパンダコパンダからフィードバックを受けているという事なのですね。

じゃりン子チエ

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集③

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「じゃりン子チエ」です。前回パンダコパンダシリーズで監督を務めて以来8年振りとなる監督作品。1981年にテレビアニメが大ヒットし、その勢いで同年に劇場版アニメ映画も公開と成りました。原作ははるき悦巳の漫画で、単行本全67巻に及ぶ大人気シリーズ。この世代の方なら誰もが一度は目にした事があるビッグコンテンツの一つです。

高畑勲監督は映画版では監督としてメガホンを採り、テレビアニメ版においてはチーフディレクター、絵コンテ、演出 としてこの作品に携わられております。この1981年にテレコム・アニメーションフィルムへと移籍した高畑勲監督にとって、とても大きな仕事に成った作品ですね。このじゃりン子チエの「じゃり」とは、関西の方言で「子供」を意味するもの。この作品はその名の通りチエちゃんというやんちゃな女の子が主人公です。

セロ弾きのゴーシュ

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集④

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「セロ弾きのゴーシュ」です。このセロ弾きのゴーシュという作品名を耳にした事がある方も多いかもしれません。こちらはあの有名な詩人であり作家の宮沢賢治の童話で、宮沢賢治が無くなった翌年に発表された作品なのです。その童話をアニメ化したのがこの作品であり、高畑勲監督が映像化するまでに3度映像化された有名なタイトルなのです。

高畑勲監督が手掛けたセロ弾きのゴーシュは、高畑勲が監督しオープロダクションが5年の歳月をかけて完成させた自主制作作品となっております。実際にこちらの作品が劇場公開されたのは1982年1月23日の事だったのですが、かなりの良作として高い評価を受け、同月に発表された前年の大藤信郎賞にノミネートし、何と受賞までしているというから驚きです。この作品の評価が如何に高かったのかを物語る逸話ですね。

柳川堀割物語

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集⑤

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「柳川堀割物語」です。こちらの柳川堀割物語(やながわほりわりものがたり)は、1987年に公開されたドキュメンタリー映画で、一部にアニメーションパートはありますが、基本的には宮崎駿監督の個人事務所である二馬力が製作した実写作品となっており、高畑勲監督はこの作品では監督と脚本を担当されていらっしゃいます。

当初高畑勲監督はアニメの舞台としてこの柳川市を登場させる考えで、そのつもりで現地へのロケハンを行ったのですが、そこで水路再生の中心人物となった柳川市の職員である広松伝さんの話を聞いたところ大いに感銘を受けようで、単なる物語の背景としてではなく、柳川市そのものを主題にしたドキュメンタリーへと作品自体を方向転換することに決めたという、そんな逸話がこの作品には残されています。

火垂るの墓

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集⑥

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「火垂るの墓」です。高畑勲監督がメガホンを採った作品の中でも、この作品は特に色々な意味で多くの人々に衝撃を与えた作品なのではないでしょうか?大戦下の過酷な日本を舞台にした悲しい兄弟の物語として、今でも必ず毎年放送されている作品です。この作品をご覧に成り、涙を流された方は世界中にいらっしゃる事でしょう。

この火垂るの墓(ほたるのはか)は、小説家の野坂昭如さんの短編小説で、野坂さん自身が戦争中に実際に体験した事を題材とした作品です。野坂さんは当時作品内で描かれた様な妹思いの兄では無く、そのせいで妹を衰弱死させてしまったと晩年後悔する毎日だったそうで、そんな妹への贖罪として描かれた作品を、高畑勲監督が映像化し、この火垂るの墓という作品が生まれました。

あまりにも生々しく戦時下の狂気が描かれており、一度観たらもう二度と観たくないという方も多い作品です。しかし、それほどまでに人々の心を揺らす作品を作る事が出来たのも、また高畑勲監督の実力あってこそ。日本のみならず世界中の国々でこの作品は「戦争の悲惨さ」を伝える作品として、今でも多くの方々によって語り継がれております。

おもひでぽろぽろ

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集⑦

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「おもひでぽろぽろ」です。こちらは当時の週刊明星で1987年3月19日号から同年9月10日号にかけて連載された岡本螢と刀根夕子の漫画が原作となった作品で、1991年7月20日に劇場版アニメ映画として公開されました。高畑勲監督はこの作品で監督と脚本を担当。主題歌のThe Roseも高畑勲監督が日本語訳し「愛は花、君はその種子」として都はるみさんが歌われております。

全編に徹底したリアリズムが貫かれたこの作品。宮崎駿監督曰く、この作品は高畑勲監督以外映像化する事は困難であるというとこで持ち込まれた企画だったそうです。それほどまでにアニメーション化する事が難しいと言われた作品を、しっかりと仕上げてしまうのが高畑勲監督の高畑勲監督たる由縁です。それほどまでに高畑勲監督という方の実力は「桁外れだった」という事なのでしょう。

平成狸合戦ぽんぽこ

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集⑧

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「平成狸合戦ぽんぽこ」です。その名の通り可愛らしい狸たちが主人公となっているこの平成狸合戦ぽんぽこも高畑勲監督がメガホンを採った作品として有名です。こちらの作品は原作・監督・脚本の全てを高畑勲監督が担当されており、言ってみれば高畑勲監督の100%オリジナル作品という作品なのです。

開発が進む多摩ニュータウンを舞台に、その一帯の狸が化学(ばけがく)を駆使して人間に対し抵抗を試みるその様を「合戦」と称したこの作品。今でも数年に一度、必ず日本テレビ系の金曜ロードショーで放送が行われております。公開された1994年の邦画・配給収入では何とトップである26億円を記録しています。

ホーホケキョ となりの山田くん

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集⑨

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「ホーホケキョ となりの山田くん」です。高畑勲監督らしさ全開のホーホケキョ となりの山田くん。スタジオジブリの作品としてはなかなか異例の作風に思われた方も多いかも知れませんが、ファンタジー系の作品のみならず、こうした作品を得意とするのもまた高畑勲監督。朝日新聞史上で最も長く連載されている4コママンガが原作となっています。

かぐや姫の物語

【偉大なるジブリの巨匠が死去】宮崎駿と共にアニメ映画を牽引した高畑勲監督の作品集⑩

続いてご紹介させて頂く高畑勲監督作品は「かぐや姫の物語」です。この作品が事実上高畑勲監督が監督として最後にメガホンを採って公開となった作品となりました。映像の美しさで非常に高い前評判を獲得していたこの作品。前回メガホンを採ったホーホケキョ となりの山田くんから実に14年振りとなる監督作品で、「アニメ人’高畑勲」の最後を飾るのに相応しい作品であると断言できる作品となっております。

監督以外でも多くの作品に携わられた高畑勲監督

これまでご紹介してきた監督作品以外にも、多くの作品に演出や絵コンテで携わってきた高畑勲監督。宮崎駿監督と長きに渡り二人三脚でのアニメ作りを行ってきた高畑勲監督は、間違いなく今日ののアニメ界の礎を築き上げた一人です。人気のジブリ作品には必ず高畑勲監督の働きがあり、高畑勲監督がいなければ今日のこのアニメブームは存在しなかったといっても良いでしょう。

アニメ映画の巨匠・高畑勲監督を死去を悼む

今回は高畑勲監督の死去を受け、高畑勲監督が生前携わってこられた作品についてご紹介して参りました。最後の作品のメガホンを採られてから5年後の今年四月に、高畑勲監督は自分という映画にも幕を下りす事に成りました。これからは天国で素晴らしいアニメーション作品を手掛けて行かれる事でしょう。心よりご冥福をお祈りいたします。


評価 3.9/ 5(合計9人評価)

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