ヒュー・ヘフナーが亡くなり91年のカラフルな生涯に注目が集まっています。ヒュー・ヘフナーの伝記映画の制作も決定しました。常に魅力的な女性に囲まれていたヒュー・ヘフナー。ヒュー・ヘフナーのプロフィールやプレイボーイ誌創設秘話、自由を謳歌する哲学をご紹介します。

ヒューヘフナー氏が91歳で死去。プレイボーイ創設者の残した哲学とは?

目次

  1. プレイボーイ創設者ヒュー・ヘフナー死去
  2. プレイボーイ創設者ヒュー・ヘフナーのプロフィール
  3. ヒュー・ヘフナーと芸能人マリリン・モンローのつながり
  4. ヒュー・ヘフナーの豪邸「プレイボーイマンション」
  5. 豪邸プレイボーイマンションの現在
  6. ヒュー・ヘフナーのビッグバニー
  7. ヒュー・ヘフナーの結婚歴
  8. ヒュー・ヘフナーの子供たち
  9. ヒュー・ヘフナーの最後の妻
  10. ヒュー・ヘフナーの哲学
  11. ヒュー・ヘフナーと周辺の芸能人
  12. ヒュー・ヘフナーのカラフルな生涯と哲学

プレイボーイ創設者ヒュー・ヘフナー死去

9月27日に死去したプレイボーイ誌の創始者ヒュー・ヘフナーにスポットを当て、その生涯をまとめてご紹介していきます。ヒュー・ヘフナーとはどんな人だったのか、プレイボーイ・マンションと呼ばれた豪邸での生活、子供たちを含む家族構成、芸能人の登竜門にもなった雑誌「プレイボーイ」とその文化など、ヒュー・ヘフナーが作り上げた世界を振り返ってみましょう。

プレイボーイ創設者ヒュー・ヘフナーのプロフィール

ヒュー・ヘフナー
本名:ヒュー・マーストン・ヘフナー
1926年4月9日生まれ
2017年9月27日(91歳)死去
プレイボーイ創設者

ヒュー・ヘフナーは禁酒法時代にイリノイ州シカゴで生まれています。母は学校の先生、父は会計士の仕事をしていました。両親に子供はヒュー・ヘフナーを含めて二人という家族構成です。弟がいましたが2016年、ヒュー・ヘフナーの誕生日の前日に死去しています。

18歳から2年間、軍の新聞記者を務めたあと大学へ進学。心理学とクリエイティブ・ライティングの学位を取得後大学院で社会学を専攻するも中退しています。

その後エスクワイヤ誌でコピーライターの仕事をしますが、5ドルの賃金の値上げを断られたことで仕事を辞め、資金を集め、プレイボーイを設立し創設者となります。プレイボーイ誌は当初「スタッグ・パーティー」という名称でスタート。結婚式の前夜男性だけで開くパーティーという意味を持つ名前が付けられていました。

投資家や家族から8千ドルをかき集めて出版した最初のプレイボーイ誌。集めたお金のうち500ドルを使ってマリリン・モンローの写真を購入しています。魅力的な女性を見つける目の確かさがヒュー・ヘフナーの成功には不可欠だったようです。

ヒュー・ヘフナー創設者によるプレイボーイの初刊は1953年12月の出版でした。有名になったマリリン・モンローのカレンダーがついた雑誌は5万冊の売り上げがあったということで話題を集めます。

ヒュー・ヘフナーと芸能人マリリン・モンローのつながり

生前のマリリン・モンローとプレイボーイ創設者ヒュー・ヘフナーには実際の面識はないのだそうです。しかし、マリリン・モンローが芸能人としてスタートしたのはプレイボーイ誌がきっかけだったといっても過言ではないほど、ヒュー・ヘフナーとマリリン・モンローの縁は深いものであることはよく語られています。

マリリン・モンロー死去後、そのお墓はロサンゼルス西部のウエストウッド・メモリアルパークにあります。ウエストウッド・メモリアルパークは場所柄死去した芸能人が多く眠る墓地としても知られています。マリリン・モンローのお隣の墓所は長く空いていたのだそうです。

プレイボーイ創設者ヒュー・ヘフナーはマリリン・モンローのお隣の墓所を購入しています。購入したのは1992年のことで、当時の価格で$75000だったということです。現在ではその価値は4・6ミリオンドルにもなるのだとか。9月30日ヒュー・へフナーはマリリン・モンローの隣に埋葬されたことがニュースになっていました。

ヒュー・ヘフナーの豪邸「プレイボーイマンション」

ヒュー・ヘフナーといえば、大豪邸を舞台にきらびやかな芸能人だらけの巨大パーティーでプレイボーイバニーをはべらせ、シルクのパジャマ姿に葉巻をくゆらせている姿があまりにも有名です。

プレイボーイ誌のバニーたちは契約であの豪邸プレイボーイマンションで共同生活をすることが必須なんだとか。お付き合いするプレイガールたちの中には、破局後に暴露本を出版する元バニーも少なくありませんでした。

主を失ったプレイボーイマンション。ヒュー・ヘフナーの姿が見られないかと思うと、やっぱりさみしい印象はぬぐえません。

豪邸プレイボーイマンションの現在

豪邸プレイボーイマンションはビバリーヒルズにほど近いホルムビーヒルズにあります。豪邸プレイボーイマンションはヒュー・ヘフナーが芸能人を多く集め、プレイボーイバニーを大勢参加させた豪華なパーティーが開催される場所として70年代にその名を知られるようになりました。

プレイボーイマンションは2042.7m²。敷地は2.1haという大豪邸。2016年ヒュー・へフナーはこの豪邸を200ミリオンドルで売りに出しています。売却条件の一つは、ヒュー・ヘフナーの住居兼仕事場としての使用を認めるというものでした。

購入をしたのはギリシャ系アメリカ人の投資家で大富豪ディーン・メトロポウロスの息子ダレン・メトロポウロスです。2009年にすでに近隣の不動産を取得していたダレンは、プレイボーイマンションともう一軒の不動産をつなげるという計画をたてます。双方を合わせると3haにも及ぶ私有地を得ています。

売却はしたもののプレイボーイマンションはその後もテレビ番組や雑誌などの写真撮影、チャリティーイベントなどに使用されてきました。

ヒュー・ヘフナーのビッグバニー

大豪邸に生活しプライベートジェットで移動を楽しんでいたヒュー・へフナー。自家用機には「ビッグ・バニー」と名前をつけていました。芸能人を招待する際には、プライベートジェットで移動をオファー。ヒュー・ヘフナーの全盛期の画像はSNSなどでも見ることができます。

ヒュー・ヘフナーの結婚歴

ヒュー・へフナーの最初の結婚は1949年。相手はノースウエスタン大学の学生だったミリ―です。ヒュー・ヘフナーとミリーとの間には娘クリスティー、息子デイヴィッドのふたりの子供がいますが、1959年に離婚しています。

結婚はしなかったものの、数多くのプレイプレイメイトたちと付き合い、時には複数の若い女性との同時交際も公言するといった奔放な生活を続けていたヒュー・ヘフナー。59歳の時に軽い脳卒中を起こします。

その後娘のクリスティーにプレイボーイの経営を任せ、徹夜のパーティーを控えるようになります。最初の結婚から30年経過した1989年に二度目の結婚をしています。結婚相手はその年のプレイメイト・オブ・ザ・イヤーにも輝いたキンバリー・コンラッドです。

ヒュー・ヘフナーの子供たち

ヒュー・ヘフナーとキンバリーとの年齢差は36歳でした。この結婚ではマーストン・グレンとクーパー・ブラッドフォードという二人の子供をもうけています。

1998年にキンバリーと別居しますが、子供が18歳になった11年後にようやく正式に離婚することになりました。このとき18歳だった末っ子の息子クーパー・ヘフナーは、ヒュー・ヘフナーの後継者としてプレイボーイ社を受け継ぐことになりました。

ヒュー・ヘフナーの最後の妻

3度目の結婚はクリスタル・ハリスと。クリスタルは結婚式の5日前に婚約破棄したドタキャン騒ぎでも話題を集めました。すでにプレイボーイ誌はクリスタルを表紙に結婚特集として発売された後のできごとでした。その後二人はよりを戻し無事に結婚しています。

結局、最後の結婚相手として添い遂げたクリスタルですが、結婚前の契約で財産の相続はいっさい受け取ることはできないということも伝えられていました。

ヒュー・ヘフナーの哲学

何かとスキャンダルが先行するプレイボーイという雑誌。パーティーで女性をはべらせ豪快に生きたという印象が強いヒュー・ヘフナーですが、実際は公民権運動家であり、どんな人種や性的思考の人にも等しくサポートをした人物でもあります。

プレイボーイ誌は黒人の女性モデルを雑誌の表紙に抜擢したことなども話題に。バニーたちの美しさだけでなく、プレイボーイに掲載される政治や経済、カルチャーについてのコラムには定評がありました。

子供のクリスティー・ヘフナーとともに各団体を支持する活発なチャリティー活動を行ってきました。2012年にはオバマ元大統領を支持したことも記憶に新しいところです。

ヒュー・ヘフナーと周辺の芸能人

ヒュー・ヘフナーが死去すると多くの元プレイガールたちが追悼のコメントを出しています。パメラ・アンダーソン・リーは泣きはらしたセルフィーをSNSに投稿しました。

パメラ・アンダーソン・リーとは家族ぐるみのお付き合いが続いていたようです。パメラ・アンダーソン・リーの子供と一緒に撮影された画像もありました。まるで本当の父と子供のようなようすですよね。パメラ・アンダーソン・リーが最後にヒュー・ヘフナーに会ったときには歩行器をつかっていて耳も良く聞こえていなかったということです。

自身も芸能人のように映画などに多く出演し、プレイボーイマンションでの日々を追ったリアリティショー『The Girls Next Door』も話題になりました。毎月プレイボーイ誌でフューチャーされるプレイメイトの女性たちはもちろん、定期的に開催される壮大なパーティーでは多くの芸能人、著名人、セレブたちに囲まれた生涯でした。

ヒュー・ヘフナーのカラフルな生涯と哲学

人生は短いのだから他人の夢を生きているひまはないというヒュー・ヘフナーの言葉にはヒュー・ヘフナーのカラフルな人生とその哲学が込められているのかもしれません。人はすべてのしがらみから解放され、人種や政治、性からも自由であるべきというその生きざまを91年の生涯で体現した人物像がうかびます。

現在、ヒュー・ヘフナーの生涯を映画化する予定があり、ヒュー・ヘフナー役をジャレット・レトが演じることになるという報道もあります。監督はブレット・ラトナー。公開されるのが待ち遠しいですね。


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