天然キャラでバラエティなどに出演しているNHK「おかあさんといっしょ」の元うたのおねえさんであるはいだしょうこさん。実は元々は宝塚歌劇団の娘役さんだったというのはご存知でしょうか。あの歌唱力と美貌からして宝塚というは納得いきますよね。子供の時から音楽一家で育ったはいだしょうこさんは宝塚では伝説のエトワールだったとか。そんな中なぜ宝塚を退団してしまったのでしょうか。そこではいだしょうこさんの宝塚時代のエピソードや退団の理由、歌のおねえさん時代のエピソードなどを経歴と交えてまとえてみました。

はいだしょうこの宝塚時代は?伝説のエトワールの退団理由【千琴ひめか】

目次

  1. 元歌のお姉さんのはいだしょうこ
  2. はいだしょうこさんの宝塚音楽学校入学までの経歴
  3. 宝塚音楽学校でのエピソード
  4. はいだしょうさんこの宝塚時代のエピソード
  5. 入団3年での「エトワール」は異例
  6. 宝塚を退団した理由は?
  7. 歌のお姉さんとして活躍したはいだしょうこさん
  8. 天然キャラがこれからも楽しみなはいだしょうこさん

元歌のお姉さんのはいだしょうこ

今はタレントで活躍しているはいだしょうこさんといえばNHK『お母さんといっしょ』の第19代うたのおねえさんとして活躍したことで有名ですよね。実は宝塚出身だったでご存知ででしたか?しかも、伝説的なエトワールで成績も優秀だったといいます。そんなはいだしょうこさんがなぜ宝塚を退団したのか。その理由を宝塚時代のエピソードなどを交えながらまとめました。

はいだしょうこさんの宝塚音楽学校入学までの経歴

その美貌とは裏腹に天然キャラとしてバラエティ番組などでも人気を博しているはいだしょうこさんですが、宝塚時代は常に成績は優秀で、しかも選ばれた人しか就くことのできないエトワールを務めています。美貌がありながらも美声の持ち主ですから、選ばれる理由も納得ですよね。そんなはいだしょうこさんのご両親や宝塚に入団するまでの簡単な経歴をまとめてみました。

音楽一家に育ったはいだしょうこさん

はいだしょうこさんの父親は前国立音楽大学准教授の拝田正機さんです。そして、母親は声楽家でした。そんな環境ですからはいだしょうこさんは小さな頃から上質な音楽に触れ続ける事ができたわけです。まさに音楽一家という環境で育ったはいだしょうこさんが、音楽の才能に溢れているのにはもはや理由などありませんね。ちなみにお姉さんは薬剤師として働いているとか。

幼いころのはいだしょうこさんは父親の仕事上の都合で2年の間、アメリカのニューヨークで生活をしていました。はいだしょうこさんはそのニューヨークで3歳の時に初めてテレビ出演を果たしたそうです。内容はニューヨークに住んでいる日本人の子供を集めて歌を歌う番組だったとか。恐らくその頃から周りの子どもとは違った美声を響かしていたのではと想像しますよね。

9歳の頃には日本を代表する作曲家から教えられていた

9歳の頃になるとはいだしょうこさんは、作曲家である中田喜直さんを先生としながら童謡やポップスなどを学んだといいます。ちなみにこの中田喜直さんは「ちいさい秋みつけた」や「めだかの学校」などの誰もが知っている童謡などの作曲を手がけた日本を代表する作曲家です。こんな立派な先生に小さな頃から教わっていたと、なぜ音楽に長けてたか理由が良く分かります。

この頃から既にはいだしょうこさんは童謡の歌手としてコンサートなどでその歌声を披露していたそうです。将来エトワールとなる少女が舞台に立ち始めた頃という訳ですね。こうした活動をしていく中ではいだしょうこさんは次第に宝塚歌劇団に入学することを夢見ていったそうです。はいだしょうこさんが宝塚を目指したことはもはや必然と考えても良さそうな感じがします。

はいだしょうこさんは桐朋学園小学校に在籍していた時には「全国童謡コンクール」でグランプリ賞を受賞しています。ちなみに桐朋学園は小学校から大学まで持つ私立の学校で、特に桐朋学園大学においては選ばれた人たちだけが教育を受けられるという質の高い音楽の教育を行っているようです。そのため、子供のころから大学院まで一貫して上質な音楽教育を受けられます。

宝塚音楽学校に2度目の受験で見事合格!

中学2年生の頃から宝塚歌劇団を目指して本格的に音楽などに取り組んできたはいだしょうこさんは、高校2年生になると宝塚の受験に挑みます。1度は失敗した物の2度目の受験で見事に合格を果たすと、通学していた国立音楽大学附属高等学校声楽科を中退し宝塚音楽学校に入学しました。はいだしょうこさんのように才能がある方でも1度は不合格だったとは宝塚恐るべしです。

宝塚を目指したのは自分の夢と家族の夢

はいだしょうこさんが宝塚を受験したのは、はいだしょうこさん自身が宝塚のファンというのもありましたが、それ以上に家族そろって宝塚ファンだったということが大きかったようです。しかも家族そろって出待ちまでしていたほどの宝塚ファンだったそうです。ご両親の経歴を拝見すると、『出待ち』という言葉があまりにもかけ離れている家庭のような気もしますが・・・。

意外にもはいだしょうこさんの父である拝田正機さんが一番宝塚にハマっていたそうです。出待ちしていると、お父さんが「ほら!今、出てこられたのは○○さんだよ」とか家族に教えてくれていたそうです。はいだしょうこさんは、大地 真央さんに憧れて宝塚を目指したそうです。月組のトップスターでしたからね。他にも歌のおねえさんや幼稚園の先生にも憧れていたそうです。

宝塚音楽学校でのエピソード

40倍もの競争率と言われている宝塚音楽学校に見事合格したはいだしょうこさんでしたが、宝塚音楽学校では数多くの苦労があったそうです。もちろん宝塚音楽学校での苦労は、はいだしょうこさんだけではありません。他の学生も同じぐらい苦労を重ねているかと思います。そうした宝塚音楽学校時代のはいだしょうこさんのエピソードをいくつか紹介していきたいと思います。

宝塚音楽学校でのエピソード1:笑ってはいけない

宝塚音楽学校には伝統ともいえる鉄のルールがあったといいます。それはあまりにも一般社会とは違うルールだったそうでうはいだしょうこさんのは苦労したとか。そのうちの一つに、「1年目は笑ってはいけない」というルールがあったそうです。そこではいだしょうこさんは「顔が生意気だ」という理不尽な理由でよく怒られていたとか。恐ろしいほどの縦社会ですね・・・。

宝塚音楽学校でのエピソード2:ゴミは許されない

さらには毎日朝に学校内を1時間半は掃除をしなければならないというルールがあったそうです。それは床に髪一本でも落ちていてはいけなかったらしく、ガムテープを使って髪の毛一本も逃さないほど掃除したとか。窓の桟もチリ一つ許されなかったらしく、綿棒を使って念入りに掃除していたそうです。はいだしょうこさんは「朝5時には寮を出ていた」当時を語っています。

宝塚音楽学校でのエピソード3:成績で序列が決まる

宝塚音楽学校の生徒たちは、全てが成績順で序列化されていたといいます。各科目の総合成績の上位順に下駄箱の位置や座席の順番などが決定されていったりしたそうです。さらには、初舞台で観客などに配られるプログラムに乗っている写真も序列順になっているといいます。そうしたお家事情は宝塚ファンには定説だといいますので、写真で大体の成績順がわかるそうですよ。

オペラ部門では成績トップの首席で卒業

そうした厳しい宝塚音楽学校の生活を送っていたはいだしょうこさんでしたが、卒業時の成績は非常に優秀だったといいます。それを実証するかのようにオペラ部門の主席そしてポピュラー部門の最優秀歌唱受賞を受賞したほどです。小さな頃から童謡などで人前に立ち舞台を経験してきたからというのもありますが、はいだしょうこさんの才伊能という部分も大きいと思います。

はいだしょうさんこの宝塚時代のエピソード

そうした厳しい宝塚音楽学校を見事にトップという成績で卒業したはいだしょうこさんは、1998年に『千琴(ちこと)ひめか』という芸名で宝塚歌劇団に84期として入団を果たし夢を叶えることとなりました。そしてそれは同時に家族全員の夢を叶えた瞬間でもあるわけです。そしてここから成績優秀だけでは到達できないほどの快挙をはいだしょうこさんは成し遂げます。

宝塚の劇団員として努力を惜しまないはいだしょうこさん

宝塚歌劇団の劇団員として第一歩を踏みだしたはいだしょうこさんは宙組公演の「シトラスの風」で娘役として宝塚の初舞台を踏みました。当時のはいだしょうこさんは日付が変わっても1人で黙々と練習を続けていたそうです。そして付けられた通称が「闇練の女王」だとか。そう呼ばれるほど努力をしていたという訳ですね。成績が優秀な理由がここにもあったわけですね。

劇団員になってもこんなエピソードが・・・

宝塚歌劇団にも色々と仕来りがあったといいます。その内の一つに「“研5”試験は墓場まで」という言葉があるそうです。これは宝塚歌劇団では初舞台から5年目までは毎年試験があるらしく1年目は「研1」(研究科1年)、2年目は「研2」などと呼ばれていたそうです。そして5年目となる際の試験「研5」の結果が今後の人生に影響を及ぼす全てとなるという意味だったそうです。

ちなみに、はいだしょうこさんは「研4」までしか経験していません。それは「研5」を受ける前に退団をしてしまったからです。こうした宝塚での数々の日々をはいだしょうこさんは「私の基礎を作ってくれた場所」と感極まりながら話したとか。今は芸能界で多くの困難がある中で忍耐強く居られるのも当時の厳しい環境があったからというわけですね。努力は嘘をつきませんね。

入団3年での「エトワール」は異例

はいだしょうこさんが宝塚に所属していた当時は、エトワールの資格が与えられるのは通常で「研6」以上とされてきました。そうした中、はいだしょうこさんこと「千琴ひめか」さんは、2001年に何と「研3」でベルサイユのばらのエトワールに大抜擢されたのです。宝塚が仕来りなどに拘る場所というのはエピソードから解りますから、この出来事は非常に異例といえます。

タカラジェンヌの憧れであるエトワール

エトワールとは宝塚に所属しているタカラジェンヌ誰もが目指すまさに憧れです。それはショーで最も盛り上がる場面であるパレードでは最初に歌い始める役目であることや、舞台中央でピンスポットを受けながら歌うことができるなどまさに宝塚で最も輝く場所なのです。退団を理由に抜擢される場合もありますが基本的には歌唱力が認めれた人のみが勤める事が出来るわけです。

大抜擢の裏でも苦労が絶えないはいだしょうこさん

エトワールに大抜擢されたはいだしょうこさんですが、それはそれということでまだまだ「研3」という身分は変わりません。そのため「研3」がこなさなければならないラインダンス出演した後に早変わりし出演として登場。そしてエトワールとして歌うという早替わりの連続だったとか。エトワールはカツラも被るのですが、それもままならないまま歌っていた時もあったとか。

また歌唱力には定評があったようでエトワールを務めた舞台以外でも、「カゲソロ」と呼ばれる舞台裏でソロを歌ったりしていたそうです。さすがエトワールに大抜擢されただけありますよね。それでも宝塚歌劇団の中では成績がトップだったとは言い難かったとか。恐ろしい場所ですね。しかし3年目のエトワールというのは宝塚の長い歴史でも伝説と言える出来事でしょう。

宝塚を退団した理由は?

成績優秀で宝塚音楽学校を卒業し、宝塚歌劇団では3年目でエトワールに大抜擢をされるという順調な活躍を見てきたはいだしょうこさんですが、4年目の時に宝塚歌劇団を退団しています。ここまで順風満帆であれば5年目の試験も、はいだしょうこさんならば優秀な成績でクリアできると思われますが、退団に心が動いた理由にはいったいどういうことがあったのでしょうか。

もちろん試験が大変だったというのもあるようなのですが、子供の頃からのもう一つの夢である、NHKの「おかあさんといっしょ」で歌のおねえさんになるということを目指したくなったからだとおいます。宝塚歌劇団で一番の夢であったエトワールを務めたはいだしょうこさんさんは新たな夢に向かって退団を決めたという事です。結構熱い心の持ち主という事が伝わります。

歌のお姉さんとして活躍したはいだしょうこさん

さて、歌のおねえさんを目指すために宝塚歌劇団を退団したはいだしょうこさん。辞めた時には歌のおねえさんに合格していた訳ではなかったそうです。この男勝りの度胸は見習いたいもの。そして合格競争率が6000倍とも言われるているNHK「おかあさんといっしょ」の歌のおねえさんオーディションを受けることとなります。そして見事第19代目歌のおねえさんとなりました。

オーディションでもはいだしょうこさんらしいエピソードが

はいだしょうこさんが歌のおねえさんのオーディションを受けた時に、最終選考に6人が残っていたそうです。そして最終選考を受ける6人が同じ控え室で待機していたそうです。オーディションの受験者たちは次の課題曲の楽譜をもらうのですが、その中の1人が楽譜を貰えなかったそうです。緊張しているでしょうから、こうしたミスがあってもおかしくはありませんよね。

楽譜を貰えなかった女性が、次の課題曲が分からないと他のオーディション受験者に声をかけました。ところが、他の人たちは緊張と集中で相手にしていられなかったそうです。そんな中、はいだしょうこさんだけが自分の歌の練習を止めて、彼女に楽譜を見ながら付きっきりで歌のアドバイスしたといいます。これからオーディションという最中でのこの行動には感銘しますよね。

実は、このオーディションの控え室には審査員が居合わせていたそうです。そして、はいだしょうこさんのこうした行動を見ていた審査員が他の審査員にも伝えたといいます。噂ではこの教えられた彼女が実は審査員だったという話もあります。とにかく、はいだしょうこさんの人間性が生んだ合格だった訳ですね。子供の為に歌う、歌のおねえさんになるべき人といえるのでは。

おかあさんといっしょ時代のエピソード

はいだしょうこさんが「おかあさんといっしょ」で今でも語り継がれるエピソードで一番有名なのは、絵描き歌のエピソードだと思います。「おかあさんといっしょ」の当時のメインキャラクターである「スプー」をお兄さんと歌を歌いながら書き上げるコーナーで、はいだしょうこさんは世にも恐ろしいスプーを仕上げています。見ているお兄さんたちも驚き苦笑していました。

芸術に長けていると思いきや絵に関してはイマイチなはいだしょうこさん。それ以外にも「おかあさんといっしょ」では色々とあったそうです。例えば、歌っている最中に隣に座った男の子がはいだしょうさんの服を一枚ずつ捲ってきたりとか、はいだしょうこさんの胸をずっと揉んでいる子がいたりとか。そんな中でも笑顔で6年間の歌のおねえさん生活を楽しんでいたそうです。

天然キャラがこれからも楽しみなはいだしょうこさん

宝塚でトップスターとなりながらも、小さな頃からの夢を理由に退団を決めたはいだしょうこさん。その後もタレントとして女優として見る人を楽しませてくれています。宝塚時代に味わった苦しい経験や辛い思いでが、人々を笑顔にしてくれるはいだしょうこさんの礎となっているのでしょう。これからもなお一層の活躍が期待できるはいだしょうこさんから目が離せませんね。


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