強すぎた事でその名をスポーツ格闘界に残した伝説の格闘家・エンセン井上選手ですが、タトゥーまみれのコワモテな外見とは裏腹に、とても意外で気さくな素顔を持ち合わせたりしているそうです。今回はそんな伝説の男・エンセン井上選手が残した数多い伝説や破天荒なエピソードと、現在のエンセン井上さんがやっているという数珠職人の事についてなどを画像と共に色々とまとめてみました。

エンセン井上の現在は数珠職人?父親や師匠・凄すぎる武勇伝とは?

目次

  1. アメリカ合衆国で活躍していた"総合格闘家"で”プロレスラー”のエンセン井上選手
  2. エンセン井上選手について
  3. とにかく強かったエンセン井上選手の伝説
  4. エンセン井上選手の信条は「ワタシは絶対にタップしない」
  5. 破天荒だったというエンセン井上選手
  6. しかし根は優しいといわれるエンセン井上選手
  7. エンセン井上選手のご家族について
  8. 元義理の弟にして弟子・山本“KID”徳郁選手
  9. エンセン井上選手の引退
  10. エンセン井上さんの現在の職業は数珠職人?!
  11. 心にはいつも「大和魂」

アメリカ合衆国で活躍していた"総合格闘家"で”プロレスラー”のエンセン井上選手

エンセン井上選手といえば、修斗四天王の一人で、身体中に描かれたタトゥーの画像でお馴染みなスポーツ格闘家ですね。とても強かったことで覚えている人も多いと思います。今回はそんなエンセン井上選手の伝説や、素手も意外な素顔や、ご家族、それと現在の事について解説していきます

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エンセン井上選手について

エンセン井上選手プロフィール

本名:エンセン・正二・井上(Enson Shouji Inoue)
生年月日:1967年4月15日(51歳)
出身地:ハワイ州ホノルル
所属:PUREBRED大宮→PUREBRED
身長:180cm
体重:106kg
階級:ヘビー級
バックボーン:ブラジリアン柔術、ラケットボール

広島にルーツを持つ日系アメリカ人4世のエンセン井上選手は、ハワイ大学在学中にラケットボールの選手として来日しました。22歳から始めた柔術をバックボーンに1995年1月にスポーツ格闘家として修斗でデビューします。

その後はPRIDEや新日本プロレスなどにも参戦し、その強さを世に知らしめて数々の伝説を生み出していきます。

とにかく強かったエンセン井上選手の伝説

キャッチフレーズは「大和魂」

エンセン井上選手といえば、キャッチフレーズの「大和魂」です。PRIDEの入場から、Tシャツなどのグッズ商品から、自身のブログのタイトルまでエンセン井上選手の関連するものすべてに「大和魂」の文字が躍っています。このキャッチコピーはPRIDEでの特攻スタイルからといわれています。

「皆さん!オレが負ける言った人、くたばれ!」

1997年10月12日、初代修斗ヘビー級王座認定戦でジョー・エステスと対戦し、TKO勝ちを収め王座獲得に成功したのを皮切りに、その翌年には、VALE TUDO JAPAN '98でUFC世界ヘビー級王者のランディ・クートゥアと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを決めました。

この試合後に客席に向かって「皆さん!オレが負ける言った人、くたばれ!」とマイクアピールしたといいます。こうしてエンセン井上選手は、破天荒なスタイルとその強さで、90年代後半のスポーツ格闘技界をけん引していく事になるのです。

エンセン井上選手の信条は「ワタシは絶対にタップしない」

エンセン井上選手は「リングの上では相手を殺すつもりでやる。だからワタシは絶対にタップしない」を信条としていました。実際自らタップアウトして負けたことは一度もありませんでした。

破天荒だったというエンセン井上選手

エンセン井上選手のその試合内容の凄さもさることながら、私生活もかなり破天荒なキャラであったという伝説も色々と伝わっています。

「刺繍」といわれるタトゥー

エンセン井上選手といえばこの全身を彩る「刺繍」と呼ばれるタトゥーです。試合ごとにどんどん増えていき、上半身を中心に、ほぼ全身に彫られていきました。画像などで見るとかなりのインパクトがあります。

ちなみにエンセン井上選手がイラク戦争の時にアメリカ兵隊として志願した時、このタトゥーの多さが理由で入隊を断られたそうです。タトゥーに寛容なイメージのあるアメリカなので少し意外ですが、画像で見るだけでもかなり凄いので仕方なかったのかもしれません。

目立つ素行の悪さ

エンセン井上選手のリング外での素行はかなりよろしくなかったらしく、事件も色々と起こしています。1999年3月には、記者に対し傷害事件を起こてしまい、2002年に有罪判決を受けています。

これの他にも、2002年には元所属会社社長を恐喝・暴行したり、2008年には大麻取締法違反で現行犯逮捕されたりなど、結構洒落にならない事件も起こしています。

しかし根は優しいといわれるエンセン井上選手

このような破天荒なエピソードや、とても迫力のある全身タトゥーで決めてる画像などを見ると、エンセン井上選手は、とても怖い人なのでは・・・と思われがちですが、実はとても優しく仲間思いであるといわれています。

ファンに優しい

エンセン井上選手は、その一見コワモテな外見から想像もつかないほど気さくな人物だそうで、会場ではファンからのサインや写真撮影などに気軽の応じてくれていたそうです。

仲間の喧嘩騒ぎを一人で解決する

高田延彦選手とその仲間がクラブで喧嘩騒ぎに巻き込まれ、仲間が集団暴行を受けているのを、たまたま居合わせたエンセン井上選手が助けに入り、これを解決したことがあるそうです。

ちなみに一緒にいた筈の高田延彦選手は助けに入らなかったどころか、後日礼も言わなかったとの事なので、これ以降エンセン井上選手は高田延彦選手を「弱虫」と切り捨てています。

実は動物好き

エンセン井上選手は、その外見に似合わず結構な動物好きで知られています。自身のブログにはよく犬の「修斗くん」(2010年に他界)や、マーモセットの「モシャンくん」の画像をよくあげています。

エンセン井上選手のご家族について

お兄さんはスポーツ格闘家のイーゲン井上選手

エンセン井上選手の実兄は同じくスポーツ総合格闘家であるイーゲン井上選手です。地元のハワイでは絶大な人気を集めていました。2001年にSuperBrawl 22のミドル級王座を獲得したりもしていました。2003年に引退しましたが、2008年に現役復帰しています。

元妻は元レスリング世界チャンピオンの山本美憂選手。

エンセン井上選手の元奥様は元女子レスリング世界チャンピオンの山本美憂選手です。エンセン井上さんとは2000年に入籍し、2004年に離婚しています。

ちなみに山本美憂選手の弟は、後にエンセン井上選手の弟子となる、山本“KID”徳郁選手です。山本アーセン選手は息子に当たります。

色々複雑な元義理の息子・山本アーセン選手

スポーツ総合格闘家の山本アーセン選手は、山本美憂選手と最初の夫である元サッカー選手の池田 伸康さんとの子供で、エンセン井上選手の元義理の息子にあたります。山本“KID”徳郁選手は叔父に当たります。何気に複雑な家族関係ですね。

山本アーセン選手は生来は池田怜という名前でしたが、山本美憂選手がエンセン井上選手と再婚する際にアーセンへと改名したといいます。(一時期佐々木アーセンとも名乗っていましたが、色々あって山本アーセンに)また、山本アーセン選手の祖父は元レスリング選手・山本郁榮さんなので山本アーセン選手の家族はそろって格闘家という事です。

元義理の弟にして弟子・山本“KID”徳郁選手

スポーツ総合格闘家の山本“KID”徳郁選手のお姉さんは山本美憂選手、山本アーセン選手は甥になります。そして師匠はエンセン井上選手になります。山本“KID”徳郁選手は最初はレスリングの選手でしたが、当時の義理の兄であるエンセン井上選手に師事することで総合格闘家に転向しました。

エンセン井上選手に弟子入りした山本“KID”徳郁選手ですが、師匠と同じく山本“KID”徳郁も全身にタトゥーを入れており、こちらもまた画像で見るとかなりのインパクトがあります。あと、山本“KID”徳郁選手も破天荒さでは師匠に負けず、リング外でのトラブルを色々と引き起こしています。

ちなみに山本“KID”徳郁選手が総合格闘技へと転向するきっかけとなったのは、レスリング時代に色々と洒落にならない事をやらかして、オリンピックへの出場が絶望的になった時、エンセン井上選手が声をかけて総合格闘技へと誘われたという事だそうです。

エンセン井上選手の引退

そんな破天荒に戦い続けたエンセン井上選手でしたが、2000年に引退を決意します。引退理由は諸説ありますが、2000年のイゴール・ボブチャンチン戦ではスタンドでのパンチ合戦に挑み、鼓膜など耳内を損傷する大怪我を負い、その後遺症が残ったのが主な理由といわれています。

2000年12月23日、PRIDE.12でヒース・ヒーリングとの試合後、リング上で「今日は100%出しました。今日が私の大和魂の最後の試合でした」と突然の引退宣言を行いました。

その後は、新日本プロレスへ参戦したり、総合格闘技興行「『心』 Kill or be Killed」をプロデュースしたりして、2010年に袴田秀彦引退興行で復帰しましたが、2014年には本格的に引退をしています。

エンセン井上さんの現在の職業は数珠職人?!

そんな破天荒な格闘技人生を駆け抜けていったエンセン井上さんの現在の職業は、なんと「数珠アーティスト」だそうです。

格闘技から一転して現在は数珠職人とは意外過ぎるお仕事ですが、作品である数珠の出来は非常によく、海外からの注文も多いとの事です。

画像から光る数珠には「大和魂」の文字が・・・数珠職人となった現在でもキャッチコピーである「大和魂」は健在のようです。現在これらの数珠は、日本修斗協会オフィシャルジム「ピュアブレッド」の公式通販サイトから購入することが出来ます。

ちなみにこの数珠の売り上げの一部は東日本大震災の復興支援へと寄付しているそうです。エンセン井上さんの優しさがよく分かるお話です。

心にはいつも「大和魂」

ここまで格闘家・エンセン井上選手の破天荒なエピソードから現在までを色々と解説してきましたが、いかがでしたでしょうか?

かつては破天荒な格闘技人生送り、強くありすぎた男であったエンセン井上さん。現在のお仕事はそれとはかけ離れてはいますが、彼の心にある「大和魂」は変わっていませんでした。


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