松本人志の遺書、内容を再検証!尖っていた頃のまっちゃんに会える?

お笑い芸人として天才とまで称される松本人志。その松本人志が過去に出版した『遺書』という本を知っていますか?多くの若手芸人のバイブルともなり、お笑い芸人の本とは思えない売上を残したこの遺書という本。この松本人志が書いた遺書という本の内容を再検証します。

目次

  1. 松本人志のお笑い観を知れる『遺書』を改めて振り返る
  2. 最近の松本人志は遺書の内容とは全く違う?
  3. 松本人志が遺書で否定した筋肉
  4. 松本人志が遺書で伝えたかったこと
  5. 松本人志は遺書で映画を撮ることも否定していた
  6. 遺書は紛れもなく当時の松本人志の本音
  7. 遺書を書いたときの松本人志は今の松本人志をどう思うのか
  8. いま遺書を松本人志が読んだら恥ずかしがるかも
  9. 遺書を書いたときの松本人志に戻って欲しいファンも多い
  10. 遺書のときには考えられない子供が出来てからの松本人志
  11. 遺書を書いたときの松本人志はもういない

松本人志のお笑い観を知れる『遺書』を改めて振り返る

お笑い芸人松本人志がかつて出版した『遺書』と呼ばれる本。この本は当時、芸能界から一般の人まで賛否両論を巻き起こす内容がてんこ盛りで、尖っていた松本人志のお笑い観がぎっしりと詰まった内容となっています。改めてこの遺書の内容を振り返ることで、今の松本人志との違いを楽しめる内容となっているんですよ。

松本人志は1963年9月8日生まれの53歳です。兵庫県尼崎市に生まれた松本人志は、浜田雅功と共にお笑い芸人として、あのBIG3と言われる人物達に並ぶ存在になりました。お笑い芸人としてだけでなく、時には作詞家としての才能を発揮したり、ビートたけしのように映画監督として作品を発表しています。

そんな松本人志は、1994年に『遺書』という作品を発表しました。この作品は1994年9月に発表され、松本人志自身のポリシーやお笑い観がぎっしりと詰まった作品でした。非常に賛否両論のある作品でしたが、松本人志がお笑いというものをどう考えているかが、とてもわかる内容になっていました。それだけに売上もすごかったようです。

最近の松本人志は遺書の内容とは全く違う?

この本の中に書かれている内容は、現在の松本人志と全く違うという意見が多いのです。当時の若手芸人は、この遺書を読んで、松本人志と同じような行動を取った芸人も多かったそうです。しかし、いま見てみると、現在の柔らかくなった松本人志とはまったく違うと言われています。

バラエティ番組の『リンカーン』の企画でTwitterを始めて以降、つぶやきの自体は少ないですが、松本人志の現在を知る手がかりになっています。しかし、その姿は若手芸人つるんだり、女芸人と食事をしたり、父親としての子煩悩パパな姿が見えたりと、あの遺書の松本人志とは正反対な姿になっているんです。

このつぶやきは、おそらく家族でディズニーランドに行ったときのものだと思われます。遺書のときの松本人志が見れば、「お笑い芸人が、なにディズニーランドに行っとんねん!」と言い出しそうなつぶやきです。しかし、このつぶやきからは、楽しくて仕方ない!という雰囲気がありますよね。

昔からコンパや風俗は大好きで、店の売上にも貢献しまくっていた松本人志ですが、吉本以外の芸人ともつるんで、またその飲み会を誘うようなつぶやきなんて、昔の尖った松本人志からは考えられないですよね。遺書のときの松本人志はどこに行ってしまったんでしょうか。

松本人志が遺書で否定した筋肉

もともと遺書の内容は、1993年から1995年にかけて『週刊朝日』に連載された『オフオフダウンタウン』という内容を、遺書というタイトルにして書籍化したものです。この遺書は200万部という売上を残し、お笑い芸人の作品の中でも、トップクラスの売上を残したのです。実際、私も当時母親が買ってきて読んで売上に貢献しています。

この遺書を書いたときの松本人志は、30歳から32歳という芸人としても脂が乗った時期。それだけに内容はかなり尖っており、批判上等という内容でした。この遺書の内容では、お笑い芸人が身体を鍛えることに否定的で、威圧感を与えてしまい、笑いにくくなると考えていたようです。しかし、画像の松本人志はムッキムキ。まったく正反対になってしまいました。

また、当時の松本人志はかなり週刊誌にプライベートをネタにしており、レンタルビデオ屋でAVを物色している姿を載せられたり、通っている風俗店をバラされたりと、相当イライラしていた時期でした。また、そういったマスメディアを煽るような部分もあり、遺書は自分に敵対する存在に対する宣戦布告のような内容にも感じましたね。

松本人志が遺書で伝えたかったこと

松本人志が遺書で伝えたかったことは、おそらく『芸人とはこうあるべき』という松本人志の時論だったのだと思います。例えばお笑い芸人がドラマに出たり、歌を出すことにも否定的でした。

これは相方の浜田雅功自体を否定しているのですが、これはそういうもので評価されても、それは『お笑い芸人として評価されたわけではない』ということを言いたかったんだと思います。結局、松本人志自身も後にSMAPの中居正広と『伝説の教師』というドラマに出演することになります。

また40歳になるころには、引退することを示唆するなど、自分のお笑い芸人としてのさり際の美学も記していました。これは、明石家さんまも50歳になるころには引退することを示唆したこともあり、自分たちの才能が衰えても、お笑い芸人として続けるのは嫌だという気持ちがあるんでしょうね。

松本人志は遺書で映画を撮ることも否定していた

松本人志は2007年の『大日本人』を始め、『しんぼる』『さや侍』『R100』といった作品の監督を務め、映画作品を発表しています。実は、お笑い芸人が映画を撮ることは、遺書の中で否定的だったのです。

このときの松本人志は映画というものは、面白いものではないと思っていたようですね。しかし、遺書以降、松本人志もお笑い映画のようなショートムービーを企画で撮ることがあり、そこから映画というものに興味を持ったのでは?と思っています。しかし、そうなると、遺書に書かれている内容はほとんど違う人生を歩んでいることになりますね。

遺書は紛れもなく当時の松本人志の本音

しかし、少なくともこの遺書という作品の内容は、紛れもなく当時の松本人志が一人で執筆した作品です。松本人志の関わる番組の内容といえば、高須光聖や倉本美津留のような、松本人志に引けを取らない天才的な作家の協力があります。

しかし、この遺書の内容は、一切他の人間が関わることなく、松本人志一人で作り上げた内容でした。人気絶頂だったダウンタウンとして、松本人志が偽ること無く自分の気持を記した作品なんですよね。なので、今とまったく考え方が違うのは、少なからず仕方ないのかもしれません。

遺書を書いたときの松本人志は今の松本人志をどう思うのか

200万部という売上を残した遺書。いま、松本人志はこの遺書という作品をどのように考えているんでしょうね。松本人志なら「いやー、あの頃は、若かったねー」と苦笑いしながら、誤魔化すかもしれません。

遺書の中では結婚すら否定しており、現在の子煩悩パパの姿はまったく見受けられません。松本人志はガキ使の立ちトークの中でも、子供はうるさくてイヤという感じでしたもんね。しかし、今の松本人志は、子供のためにスケジュールすら調整していると言われています。

当時の松本人志といえば、風俗通いが大好きなことは有名で、恋人こそ作れど、結婚とは無縁ってイメージでしたよね。浜田雅功が子供と仲のいいパパというイメージが出来上がる中、松本人志はそれとは真逆という感じでした。

すでに、遺書を執筆してから20年以上が経っており、その間に他のガキ使メンバーも結婚し、自分も年を重ねて、どんどん考え方が変わっていったんだと思います。

いま遺書を松本人志が読んだら恥ずかしがるかも

正直、遺書に書かれている内容は、いまとはまったく違う内容になっており、もはや松本人志にすれば、黒歴史のような存在かもしれませんね。あのころの自分尖ってたなぁと思うような内容かもしれません。

最近の松本人志は、白髪隠しのために銀髪にしたようですが、一時期金髪の時期もありましたよね。実は、この金髪も否定していて、遺書の中では、未来の自分の容姿をのどのようにイメージしていたのか気になるほどです。まだ遺書を書いた頃はオールバックのかっこいい髪型だったころですね。

遺書を書いたときの松本人志に戻って欲しいファンも多い

松本人志のファンにとって、この遺書という作品は、松本人志のバイブルのようなものです。それだけに、松本人志のファンや芸人の中には、この頃の尖っていた松本人志に戻って欲しいという人たちも多いんです。

今もTwitterのつぶやきを見ると、あの尖っていた頃の松本人志を、思い起こさせるようなつぶやきはちゃんとあるんです。根っこの部分はあまり変わっていないんじゃないかな?と思ったりもしますね。

昔みたいなブラックジョークも相変わらずです。しかし、娘が言葉をどんどんわかるようになって、あまり悪影響を与えるようなことは、したくなくなっているかもしれませんね。

遺書のときには考えられない子供が出来てからの松本人志

やはり、松本人志が遺書のころと比べて大きく変わった理由は、子供の存在だと思います。自分と同じ顔がもう一人居るなんていや!という感じでしたが、いまはまったく違うようですね。

ファンが望むような尖った松本人志は、子供が生まれたことですっかり無くなった部分もあると思います。あの明石家さんまでさえ、大竹しのぶと結婚しているころは、「つまらなくなった」と言われていたほどで、離婚してからまた人気が復活したぐらいです。

遺書を書いたときの松本人志はもういない

芸人は結婚したら終わり。そんな部分はあるのかもしれません。あの松本人志でさえ、やはり結婚というのはお笑いの中で、大きな分岐点になったと思います。また、番組の規制の多い現代では、あの尖ったような松本人志は生きていけなかったことでしょう。

芸人として人間として丸くなってしまった松本人志ですが、お笑いに対する熱い気持ちは変わっていないでしょう。いまでも、現代に合わせてできる範囲での挑戦は常に続けていますね。200万部という売上を残した遺書。久しぶりに、この遺書を一から読み返したくなりますよね。

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