元プロレスラーで格闘家の「前田日明」さん。現役時代「格闘王」と呼ばれたファイトスタイルの戦いと、様々な行動や言動は、多くのファンの心を掴んでいます。その行動には多くの伝説や武勇伝がありそれも前田日明さんの魅力の一つになっています。一つひとつのエピソードがヤバイものばかりという武勇伝や伝説には、一体どのようなものがあるのでしょうか。またその伝説や武勇伝には前田日明さんの純粋でまっすぐな性格が関係しているようです。

前田日明の伝説武勇伝まとめ!長州力や赤井英和とトラブルがヤバイ!

目次

  1. 前田日明さんのヤバイ伝説の武勇伝まとめ!
  2. 前田日明さんのプロフィール
  3. 前田日明さん幼少期から学生時代
  4. 前田日明さん・新日本プロレス時代
  5. 前田日明さん・第1次UWF時代
  6. 前田日明さん・新日本プロレス出戻り時代
  7. 前田日明さん第2次UWF時代
  8. 前田日明さんRINGS時代
  9. 前田日明さん現役引退
  10. 前田日明さんの現在の活動
  11. 前田日明さんの伝説の武勇伝まとめ!

前田日明さんのヤバイ伝説の武勇伝まとめ!

現在の総合格闘技の流れを作ったといっても過言ではない「前田日明」さん。そのルーツは「新日本プロレス」から「旧UWF」、「第2次UWF」と続き、最後に前田日明さん自身が立ち上げた団体「RINGS」へと続いていきます。

新日本プロレス時代から、スープレックスやキック、関節技の格闘技色の濃い試合を繰り広げていました。異種格闘技戦から始まる、格闘技色の濃い戦い方は、旧UwFから第2次UWFに受け継がれ、そしてRINGSでの引退試合で前田日明さん自身を完結させています。

特に第2次UWFからは、一大ムーブメントを起こし、プロレスファンと格闘技ファンを歓喜させました。前田日明さんはその分リング内外ではトラブルや確執も多く、関係者とファンを巻き込みUWFが「解散」してしまっています。

その後UWFで一緒に苦楽を共にしてきた仲間がバラバラになり、一人ぼっちになってしまった前田日明さんは、孤独の中手探りで「RINGS」を立ち上げました。その団体を立ち上げた開幕初戦、ファンに挨拶をした前田日明さんが言った言葉「選ばれる者の恍惚と不安、二つ我あり」は、前田日明さんの気持ちが表され、それにファンがついて行く形でスタートしています。

自身が作った戦いの場であるRINGSで現役生活を終えることになった前田日明さんの相手は当時、人類最強と言われていたレスリング金メダリスト「アレキサンダー・カレリン」選手でした。無謀とも言えるこの戦いに果敢にも挑みリングに別れを告げました。

リング内外で数々の栄光や記録、エピソードを残してきた前田日明さん。その中にはヤバ過ぎる伝説や武勇伝が多数残っています。そこで今回は前田日明さんの幼少期から現役時代の軌跡をなぞり、そのヤバすぎる伝説や武勇伝をまとめてみます。

前田日明さんのプロフィール

本名 前田日明(まえだあきら)
ニックネーム 格闘王、壊し屋、黒髪のロベスピエール
身長 192cm
体重 115kg
誕生日 1959年1月24日
出身地 大阪府大阪市大正区
スポーツ歴 空手、少林寺拳法、
トレーナー アントニオ猪木、山本小鉄、佐山聡、カール・ゴッチ、藤原喜明
デビュー 1977年8月25日

前田日明さん幼少期から学生時代

ウルトラマンの仇を討つため!?純粋な前田日明さんの幼少期

前田日明さんの少年時代は「ウルトラマン」が大好きな少年でした。その大好きなウルトラマンが最終話にて怪獣「ゼットン」に倒されてしまい、その仇をとるために「少林寺拳法」を習い始めています。これが前田日明さんの格闘技への第一歩でした

前田日明さんの伝説・武勇伝①純粋すぎる前田日明少年のエピソード

ウルトラマンの中で怪獣「ゴモラ」が大阪の街で暴れまわり、「大阪城」を破壊するシーンがありました。純粋な前田日明少年は翌日、自転車に乗り大阪城までその様子を見に行こうと向かいました。しかし大阪城は壊れておらずいつものままです。そばにいた掃除のおじさんに前田日明少年は「ゴモラが昨日大阪城を壊したはずなのにどうしてきれいなん?」と聞くと掃除のおじさんは「おっちゃんが徹夜で大阪城を修理したんや」と言われそれを純粋に信じていたそうです。

前田日明さんの伝説・武勇伝②高校時代の赤井英和さんとのエピソード

前田日明さんの高校時代は、喧嘩やバイクに明け暮れる文字通りの不良でした。地元では敵う相手がおらず相当有名な「ワル」として名をはせています。しかし隣町では同じく「赤井英和」さんが喧嘩が強いことで有名であり、周りが気を使い前田日明さんと赤井英和さんを合わせないようにしていたという伝説が残っています。

当時を知る人のコメントでは、「周りの奴らが全員で、前田日明と赤井英和を会わせたら大阪が壊れる。と言っていたため二人を遠ざけていた」と語り当時の前田日明さんの凄さを話しています。赤井英和さんは自分より弱い相手には手出しをしなかったようですが、自分より喧嘩が強い相手がいると聞くと喧嘩を売りに行くタイプだったので、特に赤井英和さんの周りは大変だったようです。

前田日明さん・新日本プロレス時代

喧嘩の相手を探そうと街を歩いている時に、佐山聡氏(初代タイガーマスク)にスカウトされ、新日本プロレスに入門しました。外国に修行に行き凱旋帰国した後は、スープレックスやキック、関節技を多用するなどこれまでにはなかったスタイルで多くの前田日明ファンを増やしています。

前田日明さんの伝説・武勇伝③5人組相手に喧嘩!?

六本木にて用事をすませた後、自身の車に戻ると在日米軍の5人組が前田日明さんのボンネットに座り、侮辱するような言葉を吐き前田日明さんに喧嘩を売って来たそうです。しかしあっとゆう間に4人をKOし残り一人は、「ゆるしてくれ」と言ったので相手にしなかったという伝説があります。

前田日明さんの伝説・武勇伝④アントニオ猪木に対して目潰しと金的

新日本プロレス入門当時、練習に励んでいた前田日明さん。アントニオ猪木選手がリングに上がり前田日明選手をスパーリング相手に選びます。アントニオ猪木選手から「なんでもいいから本気でかかって来い」と言われた前田明さんは、それならばと思い目潰しや金的を狙いどんどん攻めました。当然ダメな行為なのでスパーリングはすぐに中止になり、周りの選手からはボコボコにされたとのことです。

前田日明さん・第1次UWF時代

新日本プロレス内紛によるものとされている「第1次UWF」に前田日明さんは参加します。これには現在まで様々な憶測などがありますが、前田日明さんは「母親が入院するため入院費を移籍金で賄おうと思った」という事と、アントニオ猪木選手の「俺も後から行くから先にいっていろ」という言葉を信じてのことでした。

しかし、アントニオ猪木選手はいつまでたってもUWFには来ず、次第に格闘技色の強くなったUWFの興行を「月に一回にするべきだ」という佐山聡氏と「会社の経営が大変なんだから複数、興行を行うべき」という前田日明さんが対立し空中分解して解散に追い込まれています。

前田日明さんの伝説・武勇伝⑤強すぎた前田日明さん!?

格闘技色が色濃く出始めた時期に前田日明さんと佐山聡さんのシングルマッチが行われています。リング外で対立していたこともありファンも注目の一戦でした。しかし試合中盤バックをとられた前田日明さんが佐山聡さんに対してバックキックを入れました。その後下腹部を押さえてうずくまる佐山聡さんは、レフリーに金的をアピールします。少しの中断の後それが認められ、前田日明さんの反則負けになってしまいました。

ファンの間ではビデオなどで検証が行われていますが、前田日明さんの蹴りは実際に金的には当たっておらず、前田日明さんとの対戦を避けるために意図的に佐山聡さんが金的をアピールしたのではないかという憶測があります。当人同士や関係者、ファンが様々な見解を語っており真実はわかっていませんが、前田日明さんの強さを表すエピソードとして語られています。

前田日明さん・新日本プロレス出戻り時代

第1次UWFが解散になり、新日本プロレスに戻ってきた前田日明さんですが、新日本プロレスに戻ってきてもUWF時代に培った格闘技色の濃いプロレスで多くのファンを魅了しました。また新日本プロレス正規軍対UWF軍の構図はファンを熱狂させています。

しかし、長州力選手へ放った前田日明さんの一発の蹴りが大事件へと発展し前田日明さんは実質、新日本プロレスを解雇されていまいました。

前田日明さんの伝説・武勇伝⑥長州力への顔面蹴撃事件とは!?

新日本プロレス正規軍ばかりではなく、長州力選手の「維新軍」とも確執を強めていたUWF軍は、タッグマッチで対戦する事となります。試合中、前田日明さんは長州力選手に対して背後から顔面に蹴りを入れてしました。目の下に蹴りが当たった長州力選手の顔面はみるみる内に腫れていきます。試合後病院での診断結果は、「右前頭洞底骨折の全治1か月の重傷」というものでした。

プロレスには「相手を故意に怪我をさせてはならない」という暗黙のルールが存在します。新日本プロレスは前田日明さんの長州力選手に対する「故意による不意をついた顔面への蹴り」として前田日明さんを無期限出場停止という重い処分を下しました。新日本プロレスサイドは出場停止解除条件としてメキシコへの遠征を前田日明さんに言い渡しますが、これを拒否し解雇という形になっています。

その後長州力選手は前田日明さんを擁護する発言もしていますし、前田日明さんも「長州さんに蹴りを入れる前に肩を叩き ”今から蹴りますよ” と合図を送ったが、肩を叩かれた長州さんが横を向いてしまった。」とインタビューで答え、事件ではなく事故だったとしています。

前田日明さん第2次UWF時代

新日本プロレスを解雇された前田日明さんは、同じく格闘技色の強いプロレスラーの面々と第2次UWFを立ち上げました。これまでのプロレスとは違いギブアップやKOで勝負が決まるそのスタイルが人気を獲て、一大ムーブメントを起こしました。チケットの売り上げも良好で販売開始数分で売り切れてしまうということは日常茶飯事でした。

しかし順調だったUWFに、フロントと選手の金銭的確執やスポンサー問題が勃発してしまいます。また経理の不正を前田日明さんが指摘すると、会社に対しての背任行為とみなされ5ヶ月間の出場停止処分が下される始末でした。このような事件が重なり結局は空中分解して解散しています。

前田日明さんRINGS時代

UWF時代の選手達は様々な団体に別れて、前田日明さんは一人ぼっちになってしまいました。しかし自分の格闘技への理想を求めたった一人で「RINGS」を立ち上げます。これまでとは違い色々な国へ出向き世界中にRINGSネットワークを作ることに成功した前田日明さんは、スポンサーも付き興行的にも経営的にも順調に進んでいきました。チケットの売り上げもよく世界中に広がるRINGSネットワークにファンも期待を寄せ、中継をみたり会場に足を運びました。

前田日明さん現役引退

前田日明さんの伝説・武勇伝⑦自身の引退試合の相手に人類最強の男を選ぶ

RINGSを一人で引っ張り様々な業務や試合を行う前田日明さんの体は、すでに悲鳴を上げていました。そして前田日明さんは引退を発表します。その引退試合の相手を務めるのは、当時人類史上最強と言われたレスリング金メダリスト「アレキサンダー・カレリン」選手でした。

戦前からすでに満身創痍であった前田日明さんに対してはヤバ過ぎる相手であった為「いくらなんでも無謀すぎる」「勝てるわけがない」「下手をしたら大怪我をするぞ」など否定的な意見ばかりでした。しかし試合は組まれ、それに向けて猛特訓の前田日明さんは諦めてはいませんでした。

引退試合のゴングがなり圧倒的に責められる前田日明さん。何度も「負け」の二文字が、前田日明さんにもファンにもよぎります。しかし前田日明さんの放つ渾身のローキックにひるむアレキサンダーカレリンの姿もありました。そして最終ラウンド終了のゴングがなります。リング状に横たわった前田日明さんはしばらくうごけません。全てを出し尽くした戦いでした。試合は判定で負けてしまいましたが、ファンの心には深くこの戦いは刻まれています。

前田日明さんの現在の活動

前田日明さんの現在の活動は、アマチュアの格闘技大会をプロデュースしたり、タレントとしてテレビ出演やインターネット番組出演、執筆活動などを主に行っているようです。

前田日明さんの伝説の武勇伝まとめ!

前田日明さんのヤバイ伝説や武勇伝をまとめてみました。様々な伝説や武勇伝、エピソードを見ると純粋が故にヤバすぎる伝説や武勇伝になってしまうのだろうと感じます。

幼少の頃のウルトラマンの話は微笑ましいエピソードなのは、まっすぐな性格だからのことでしょう。学生時代の、赤井英和さんとのエピソードは凄すぎて理解しにくすぎて、まさに伝説という気がします。

そのまっすぐな性格で自身の理想を追い求めた前田日明さん。その戦いはファンに衝撃と感動を与えたものも多いはずです。最近は活動の幅を色々広げているみたいなので、今後もプロレス界や格闘技界を盛り上げてくれることを期待したいですね。


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