ドリームジャーニーは隠れた名馬!血統データ・産駒の評判は?

ドリームジャーニーは父馬のステイゴールド、母馬の父であるメジロマックイーンの血を引く栗毛のサラブレッドだ。実弟にはオルフェーヴルがおり、兄弟ともに成績をのこしている。引退したドリームジャーニーには種牡馬生活を送っているが、自身の歴史や産駒について紹介しよう。

ドリームジャーニーは隠れた名馬!血統データ・産駒の評判は?

目次

  1. どんな血統の父馬と母馬から生まれたの?
  2. 勢いに乗った2006年(2歳)
  3. 不調続きの2007年(3歳)
  4. 我慢の年!2008年(4歳)
  5. 奇跡の復活!2009年(5歳)
  6. 勝ちきることができない2010年(6歳)
  7. 引退を決める2011年(7歳)
  8. 引退後は?
  9. がんばっている子供たち
  10. 現在はどこにいるの?

どんな血統の父馬と母馬から生まれたの?

ドリームジャーニーの血統!父馬のステイゴールドとは?

ステイゴールドは1996年に中央競馬デビュー。成績はGⅠ競走での2着が4回、重賞競走での2・3着こそ多いものの、勝利には一歩及ばない「善戦ホース」として人気だった。2001年の引退レースとして出走した香港の国際競争・香港ヴァーズで優勝し、国際GⅠ制覇を果たし有終の美を飾った。

ステイゴールドの種牡馬としては、「回転の良いフットワーク」とそれを支える筋肉の柔らかさが良いと評価は高かった。また、身体面としてもほとんど休養をはさむことなく50戦を走りぬき勝利せずとも賞金は必ず稼いできたという部分で非常に馬主としてはありがたい存在だったようだ。

ドリームジャーニーの母馬の血統!オリエンタルアートとは?

オリエンタルアートは成績は2000年から2002まで計23戦中3勝をあげ、その後は繁殖牝馬となった。競走馬としてはそれほど勝ち星を挙げられなかったが、繁殖牝馬となってからはステイゴールドとの相性がよかったようだ。中央競馬における産駒のGⅠ勝ち数は9勝であり、スカーレットブーケに並ぶ最多記録となる。しかし、2015年3月、第11子となる牝駒を出産した後腹膜炎で死亡してしまう。

ドリームジャーニーの母馬の父はあのメジロマックイーン

メジロマックイーンは中央競馬では菊花賞、宝塚記念、天皇賞(春)を2回で優勝。1991年春の天皇賞では祖父メジロアサマ、父メジロティターンに続く父子3代天皇賞制覇を成し遂げた良血統である。獲得賞金額は10億1465万7700円は当時の世界最高記録となり、10億円を突破した最初の馬でもある。

弟はあのオルフェーヴル

オルフェーヴルは中央競馬史上7頭目のクラシック三冠馬に輝いた競走馬だ。皐月賞、東京優駿、菊花賞、宝塚記念、有馬記念(2回)で勝利。フランスの凱旋門賞にも遠征し2年連続で2着となった。ステイゴールドとオリエンタルアートの血統はかなり良いといえるだろう。

ドリームジャーニーの名前の由来は?

ドリームジャーニーの名前の由来は父、ステイゴールドの香港表記が『黄金旅程』であることから連想して名付けられた。ちなみにドリームジャーニーの香港表記は『夢之旅』であり、連想の意味は『夢のような旅路』である。

勢いに乗った2006年(2歳)

ドリームジャーニーは2歳の夏、9月3日に新潟競馬場の新馬戦でデビューした。初戦で初勝利をあげると、次走の9月30日の芙蓉ステークスで2勝目をあげる。初の重賞参戦となった11月18日の東京スポーツ杯2歳ステークスでは出遅れ3着となった。12月10日の朝日杯フューチュリティステークスでも出遅れたが、最後方から直線で一気に他の馬を抜き去り優勝した。

これは歴代優勝馬で、最も軽い馬体重での優勝となった。ドリームジャーニーの体型は小柄で、直線を鋭い脚を使う馬だったため、この4戦とも出走メンバー中最速上がりを記録している。朝日内ヒューチュリティステークスを制覇したことが評価され、この年のJRA賞で最優秀2歳牡馬に選出された。

パドックの見方とは?競馬初心者が馬券を買う時に注意することは? | MensModern[メンズモダン]

不調続きの2007年(3歳)

ドリームジャーニーの3歳の初戦は3月4日の弥生賞からだった。シンザン記念を勝ったアドマイヤオーラに続く2番人気となったが、結果は最後の直線で伸びてくるも進路を妨害される状況となり3着に敗れてしまった。4月15日の皐月賞では8着、そして5月27日の第74回東京優駿では直線で鋭い伸び脚を見せるも5着に敗れ、休養に入った。

休養後、秋は9月23日の神戸新聞杯から始動し、父のステイゴールド、母の父であるメジロマックイーンに騎乗したことがある武豊騎手に乗り替わっての出走となった。レースでは後方の位置から最後の直線で一気に差しきり、重賞2勝目をあげた。次走の10月21日の第68回菊花賞には2番人気で出走。しかしながら、3コーナーあたりから直線で前を行く馬を捉えることができず5着となった。

その後ドリームジャーニーは香港ヴァーズ、もしくは香港カップに出走を考えていたが、馬インフルエンザの影響で出走を見送った。結局菊花賞後はグリーンウッド・トレーニングへ短期放牧され、帰厩後に12月8日の鳴尾記念に出走。単勝1番人気だったが直線で伸びきれず、8着となった。その後12月11日に島上牧馬経由でグリーンウッドにリフレッシュ放牧に出された。この年は1勝しかできず不調の年となった。

我慢の年!2008年(4歳)

ドリームジャーニーは4月4日に栗東トレーニングセンターに帰厩し、4月19日のマイラーズカップで復帰した。しかし結果は14着、次の6月8日の安田記念でも10着だった。8月3日の小倉記念は武豊騎手の騎乗を予定していたが、騎乗停止になってしまったため、池添謙一騎手が騎乗することとなった。

レースでは最後の直線で先に抜け出したダイシングロウを捉えて神戸新聞杯以来の勝利となった。その後の9月15日の朝日チャレンジカップでもトーホウアランを抑えて重賞勝利を飾り好調かと思いきや、11月2日の天皇賞(秋)では10着、12月28日の有馬記念では4着という結果に終わった。

牛柄馬ブチコの過去成績まとめ!競馬界人気アイドルの引退後は? | MensModern[メンズモダン]

奇跡の復活!2009年(5歳)

ドリームジャーにの2009年は1月25日のアメリカジョッキークラブカップからはじまる。1番人気だったが、結果は8位に終わってしまう。次いで3月1日の中山記念では前を走るカンパニーを捉えることが出来ず2着となってしまった。4月5日の産経大阪杯では3番人気となり、最終直線で先頭に立ち、1番人気のディープスカイとの追い比べを制し、重賞5勝目となった。

その後、金鯱賞を挟み、照準をを宝塚記念と定めていたが、急遽5月3日の天皇賞(春)へと参戦を決めた。レース結果は菊花賞以来の長距離レースとなったが、先行勢が潰れ、最終直前で伸び3着に入った。6月28日の宝塚記念では、ディープスカイが1番人気であったが、最後の直線で抜け出しそのまま後続の馬を振り切り優勝した。

その後ドリームジャーニーは休養し、9月27日のオールカマーで1番人気となったが、最後の直線でマツリダゴッホに逃げ切られ2着に終わった。

勝ちきることができない2010年(6歳)

ドリームジャーニーの2010年は2月20日の京都記念から始動。直線で末脚を伸ばすもブエナビスタの3着に敗れてしまった。4月4日の産経大阪杯では1番人気であったが、スタートで出遅れてしまい3着に終わってしまう。その後は天皇賞(春)に照準を合わせていたが、右前脚の球節に腫れが見られたため、大事をとり回避した。

とくに異常は無かったため、連覇のかかる6月27日の宝塚記念に出走した。しかし最後の直線で追い込みをかけるも届かず4着に終わってしまう。次の9月26日のオールカマーではスタートで出遅れるものの、最後の直線で追い上げ2着だった。2010年の締めくくりは有馬記念に出走。しかしまたしてもスタートで出遅れ13着と惨敗してしまう。

引退を決める2011年(7歳)

ドリームジャーニーの2011年は4月3日の大阪杯から始動する。スタートで出遅れ、後方からの追い上げを試みたが9着で敗れた。その後6月26日の宝塚記念に出走するもまたもスタートで出遅れ10着となる。このレースを最後に6月30日付で競走馬登録を抹消し引退となった。なお、7月7日に社台スタリオンステーションに到着し、引退式は9月19日に札幌競馬場で行われた。

競馬新聞おすすめ紙を徹底比較!無料ネット新聞サイトもご紹介 | MensModern[メンズモダン]

引退後は?

ドリームジャーニーの種牡馬としての新たな生活

2012年よりドリームジャーニーは種牡馬生活に入る。初年度の種付け料は200万円だった。血統としてはかなり良い方なので、初年度は95頭という種付け数だったが、ドリームジャーニーは同じ血統の実弟オルフェーヴルの活躍により種牡馬としての人気は正直そこまで高くはない。

また、牡馬としては非常に小さいため、ドリームジャーニーはそこまで種付けが上手ではないようだ。そのため、ドリームジャーニー産駒はそこまで多くなく、競走馬として登録された馬は36頭だった。その後、50頭~70頭の種付けを集めていたものの2016年には種付けシーズン中に骨折し、種付け数が激減してしまった。

がんばっている子供たち

ドリームジャーニー産駒紹介:ドリームズライン

地方競馬で活躍しているドリームズラインは成績は15戦6勝である。また、2017年10月13日の笠松競馬上で行われた第41回岐阜金賞では駿蹄賞、東海ダービーと本レースを制し、1993年のサブりナチェリー以来24年ぶりとなる東海3冠を達成した。

ドリームジャーニー産駒紹介:ミライヘノツバサ

ミライヘノツバサの成績は13戦4勝である。掲示板にのることも多く、特に中山競馬場での成績が良い。ドリームジャーニーの父、ステイゴールドの血統からか中山競馬馬での条件があっているようだ。2017年1月22日に行われた中山競馬場での古馬重賞アメリカジョッキークラブカップではドリームジャーニーに重賞初Vがかかっており期待されていたが、3着でおわってしまうが期待の競走馬である。

ドリームジャーニー産駒紹介:エスティタート

エスティタートは成績は15戦4勝であり、主な騎手は武豊である。人気は高いがいまいち結果が出せていないところもあり、今後も期待したいところだ。

ドリームジャーニー産駒紹介:サンタテレサ

サンタテレサはデビュー戦こそ8着に敗れたが、その後3回連続して掲示板にのり、通算成績は13戦2勝となっており、獲得賞金額は中央競馬では175万円、地方競馬では54万となっている。中央競馬での登録が抹消された後、サラブレッドオークションに出品され184万円で落札された。

現在はどこにいるの?

ドリームジャーニーは現在ホッカイドウ安平町の社台スタリオンステーションで、繋養種牡馬として日々すごしている。弟のオルフェーヴルもいる。放牧見学会が行われているようだが、その際に放牧馬としてドリームジャーニーが見れる可能性があるかもしれない!

記事へのコメント

気軽にコメントしよう!

※コメントは承認後に公開されます。

アクセスランキング

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ