蛯名正義騎手は東に所属する騎手の中でもトップジョッキーと言われる騎手の1人です。G1でも多くの勝ち鞍があり、近年ではその活躍の場は少なくはなってはいますが、まだ一線級で活躍を続けています。今回はそんな蛯名正義騎手のG1制覇成績などをまとめていきます。

蛯名正義のG1制覇成績まとめ!武豊と同期JRA騎手の実力は?

目次

  1. 蛯名正義は武豊と同期の一流ジョッキー!
  2. 蛯名正義騎手の成績は?
  3. 蛯名正義騎手が制したことがあるG1は?
  4. 蛯名正義騎手のプロフィールは?
  5. 蛯名正義騎手と同期の天才・武豊騎手との関係
  6. 蛯名正義騎手と共に見た摩天楼 マンハッタンカフェ
  7. 蛯名正義騎手と叶えた牝馬三冠の夢 アパパネ
  8. 蛯名正義騎手と天皇賞春を連覇した「怪物」 フェノーメノ
  9. 蛯名正義騎手と手をかけた世界への翼 エルコンドルパサー
  10. 引退はまだ早い! 蛯名正義騎手のこれからに期待

蛯名正義は武豊と同期の一流ジョッキー!

蛯名正義という騎手の名前を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。実は競馬学校の3期生で、武豊騎手と同期の騎手です。しかし2018年2月現在、この3期生で現役のJRA騎手なのはこの2人しかいない状況になっています。まずは蛯名正義騎手の通算成績やG1の勝ち数について見ていきましょう。

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蛯名正義騎手の成績は?

蛯名正義騎手は2018年2月24日現在、2492勝と区切りとされる2500勝まであと8勝という成績を挙げています。またG1勝ちはここまで31勝となっていて、うちJRAのG1は天皇賞やジャパンカップ、有馬記念など26勝となっていますが、「8大競走」と言われる大レースのうち、日本ダービーだけはまだ制したことはありません。

2017年は34勝、2着55回、3着45回とあまり活躍は出来ていませんが、重賞やG1レースでは出走表でその名前を見ることも多く、2018年は2月24日現在で5勝、2着7回、3着7回となっています。

JRAのリーディングジョッキーになったこともある蛯名正義騎手

蛯名正義騎手は2001年の1年間で133勝を挙げ、JRAのリーディングジョッキーに輝いたこともあります。この年は同期のライバルとも言える武豊が拠点を欧州に移しており、目の上のたんこぶがいなかったという要素もありましたが、133勝という成績は蛯名正義騎手自身でも歴代2位に入る年間成績でした。

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蛯名正義騎手が制したことがあるG1は?

蛯名正義騎手が勝ったことのあるG1は数の多いほうから天皇賞春(3回)、皐月賞、オークス、マイルチャンピオンシップ、有馬記念、阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス(2回)というJRAのG1を複数回勝っています。

また1回勝利したJRAのG1は高松宮記念、桜花賞、ヴィクトリアマイル、安田記念、宝塚記念、スプリンターズステークス、秋華賞、菊花賞、天皇賞秋、エリザベス女王杯、ジャパンカップとなり、これ以外に地方の帝王賞、JBCスプリント、JBCレディスクラシック、東京大賞典を勝ち、海外ではサンクルー大賞の勝利経験があります。

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蛯名正義騎手のプロフィールは?

蛯名正義騎手は1969年3月19日生まれで、2018年2月現在48歳の男性です。出身地は北海道札幌市白石区で、身長は162㎝、体重は51㎏とされています。7歳の時に見た菊花賞にあこがれて騎手を目指すことになったと言われ、中学校を卒業後に千葉県白井市にある競馬学校に入学しています。

蛯名正義騎手の同期は武豊騎手を含めて8人(芹沢騎手はケガにより留年したので含めていません)いましたが、天才として早くから名を馳せた武豊がいたせいか早くに引退した騎手も多い世代でした。競馬学校を卒業した1987年にJRAの騎手として、美浦の矢野進厩舎に所属してデビューを果たすと、デビューから1か月後の4月12日に初勝利を飾ります。

初の重賞勝ちまでには6年かかった蛯名正義騎手

デビュー年には30勝と美浦の新人の中ではトップとなる成績を挙げた蛯名正義騎手でしたが、その後は2年目には43勝を挙げるものの、3年目は36勝、4年目は27勝と、2年目で早くも年間100勝と達成していた武豊とは大きく水を開けられることになります。しかしデビューから6年目となった1992年にフェブラリーハンデキャップというG3で初重賞制覇を果たします。

その後は徐々に成績も伸び、デビュー9年目となる1996年にはバブルガムフェローに騎乗した天皇賞秋で、悲願の初G1勝利を果たすことになります。その後もアパパネの主戦騎手としてG1を5勝するなどの活躍をしています。元キャスターの石森かずえさんと結婚しており、一人息子がいると言われています。

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蛯名正義騎手と同期の天才・武豊騎手との関係

共に競馬学校の3期生であり、それぞれ東西を代表する一流ジョッキーの1人である蛯名正義騎手と武豊騎手ですが、仲は一定の距離を保つ形で良好と言われています。もちろん衝突することもあるようですが、スランプに陥った時や騎乗馬が少ない時は手を差し伸べるということもあるようです。

近年はエージェントを利用する騎手も多く、同期であっても蛯名正義騎手と武豊騎手のような関係である騎手は少ないようですが、共にトップジョッキーであるが故に、他では出来ない同期の仲間へのフォロー方法などもあるのではないでしょうか。

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蛯名正義騎手と共に見た摩天楼 マンハッタンカフェ

マンハッタンカフェはデビューから引退までの12戦のうち、10戦を蛯名正義騎手が鞍上を務めた名馬です。デビューから2戦目で未勝利を脱出したマンハッタンカフェでしたが、3戦目、4戦目とそれぞれに大幅に馬体重を減らしての出走となり成績を残せず、春のクラシック出走をあきらめて放牧に出されます。

8月の札幌開催で戻ってきたマンハッタンカフェは+46㎏という大幅な馬体増がありながらも快勝し、続く阿寒湖特別でも連勝を飾ると、セントライト記念4着を経て6番人気での出走となった菊花賞でジャングルポケットらを破ってG1勝ちを収めると、続く有馬記念ではテイエムオペラオーなど歴戦の古馬を破ってG1連勝を果たします。

天皇賞でG1.3勝目を果たし、秋には凱旋門賞へ

休養明けの日経賞ではまさかの6着と大敗を喫したマンハッタンカフェと蛯名正義騎手のコンビでしたが、続く天皇賞春では再びジャングルポケットを破ってG1.3勝目を飾ると、秋には凱旋門賞にも挑戦(13着)した後、屈腱炎を発症して引退、種牡馬入りした競走馬でした。

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蛯名正義騎手と叶えた牝馬三冠の夢 アパパネ

アパパネはデビューから引退までの19戦のうち18戦で蛯名正義騎手が騎乗した名馬です。新馬戦こそ3着に敗れたアパパネと蛯名正義騎手のコンビでしたが、2戦目の未勝利戦から3連勝で阪神ジュベナイルフィリーズを勝ち、2歳女王に輝くと、年明けのチューリップ賞では2着に敗れますが、本番の桜花賞を見事に制し、桜の女王の座に就きます。

史上初!2頭による1着同着となったオークス

2冠目を目指してオークスに挑んだアパパネと蛯名正義騎手は、最後の直線で先に抜け出したサンテミリオンを猛追し、馬体を並べてゴールに飛び込みます。写真判定は両馬が脱鞍場に戻ってきて、蛯名正義・横山典弘の両騎手が検量をしてもまだ結果が出ず、決着から15分近くが流れたのち、JRAのG1としては史上初の1着同着という結果になり、牝馬2冠を達成することになります。

その後休養明けのローズステークスでは4着と敗れたアパパネと蛯名正義騎手でしたが、秋華賞ではきっちりと巻き返すと2着に3/4馬身の差をつけて牝馬三冠を達成します。その後もG1勝ちはヴィクトリアマイルだけだったものの、エリザベス女王杯では2年連続でスノーフェアリーの3着になるなど、コンビとしての力を見せた競走馬でした。

蛯名正義騎手と天皇賞春を連覇した「怪物」 フェノーメノ

フェノーメノは全18戦7賞のうち11戦を蛯名正義騎手が騎乗し、5勝を挙げた名馬です。弥生賞を6着に敗れたことで皐月賞への出走は叶わず、ダービーのトライアルとして行われた青葉賞で蛯名正義騎手と初コンビを組んだフェノーメノは1番人気に応えて快勝すると、続くダービーではディープブリランテを外から猛追するも、ハナ差の2着に敗れます。

秋もセントライト記念は制すも天皇賞秋では2着とG1では勝てなかったフェノーメノでしたが、4歳になり日経賞を勝って臨んだ天皇賞春で早めに進出して後続を封じ、初G1制覇を飾るとその翌年もキズナやゴールドシップなどの人気馬を抑えきって、史上3頭目となる天皇賞春の連覇をフェノーメノと蛯名正義騎手のコンビで果たすのでした。

蛯名正義騎手と手をかけた世界への翼 エルコンドルパサー

エルコンドルパサーは全11戦のうち後半の6戦を蛯名正義騎手が騎乗し、3勝を挙げています。NHKマイルカップまでは的場均騎手が鞍上を務め、無敗を継続していたエルコンドルパサーは、毎日王冠で的場騎手がグラスワンダーに騎乗するため、蛯名正義騎手に乗り替わることになりました。

その毎日王冠は「音速の貴公子」サイレンススズカに敗れたものの、続くジャパンカップでは3歳馬として初めてジャパンカップを制し、翌年は蛯名正義騎手と共にヨーロッパ遠征を敢行すると、初戦をなったイスパーン賞は2着だったものの、続くサンクルー大賞で勝利を飾り、人馬共に初の海外G1制覇を果たすと続くフォワ賞でも勝利し、大目標だった凱旋門賞へと向かいます。

世界まであとほんのわずか あまりにも遠かった「半馬身差」

凱旋門賞では相手陣営が用意したペースメーカーより先に行く逃げの競馬に出た蛯名正義騎手とエルコンドルパサーのコンビでしたが、直線ではモンジューとのたたき合いに半馬身屈する形となり、手をかけた世界最強の夢は叶わず終わりますが、相手からも称えられた挑戦となりました。

引退はまだ早い! 蛯名正義騎手のこれからに期待

今回は関東のトップジョッキーの1人である蛯名正義騎手の成績やG1での勝ち蔵などについてご紹介しました。近年は外国人ジョッキーや地方出身のジョッキーに押される環境もあり、活躍する機会は減りつつありますが、まだまだその技術がさびついているわけではありません。2018年は逆襲の年となるのか、蛯名正義騎手の活躍に注目です。


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