ECDさんががんで死去!J-HIPHOP界の礎を作ったラッパーの経歴を紹介

がん闘病中だったラッパーECDさんが死去しました。ECDさんが駆け抜けた日本語ヒップホップの草創期とその経歴、死去までのがん闘病を支えた家族、妻のエピソードをまとめてご紹介していきましょう。破天荒なECDさんの日本最高齢現役ラッパーの人生です。

ECDさんががんで死去!J-HIPHOP界の礎を作ったラッパーの経歴を紹介

目次

  1. 悲報ラッパーECDが死去!壮絶ヒップホップ人生とは
  2. ラッパーECDがん公表から死去まで
  3. ECDがんで死去のニュース
  4. ECDのプロフィール
  5. Jラップ創成期からのECDの経歴
  6. 死去までのECDの社会的な活動
  7. ラッパーECDの家族を含む私生活の経歴
  8. がんのECDを支えた家族について詳しく紹介
  9. 死去まで続く「家族最後の日」の画像
  10. ECD死去のニュースのあとに聞きたい名曲
  11. ECD死去で振り返る壮絶なラッパーの経歴

悲報ラッパーECDが死去!壮絶ヒップホップ人生とは

80年代後半から90年代にかけて、日本語ラップ創造期を駆け抜けたヒップホップアーティストECDさんが、2018年1月にがんで死去しました。死去されたECDさんのラッパー人生を振り返り、日本語ヒップホップの創成期の風景や、あまり語られないECDさんの家族の軌跡を闘病から死去に至るまでご紹介していきます。

ラッパーECDがん公表から死去まで

ECDさんががんで闘病中であることを発表したのは2016年のことです。ECDさん自身がツイッターで発信したメッセージには、上行結腸と食道のがんは進行中で延命治療を受けるという内容でした。延命という表現にがんの進行度が伝わる悲しい報告です。ECDさんはがん闘病を公表しながら死去直前まで音楽活動は続行していました。

ECDがんで死去のニュース

がん闘病で入退院を繰り返すECDさんでしたが、2018年1月も貧血を訴えて入院することがツイッターで報告されました。ECDさんは入院後もリツイートなどを含む活発な投稿が続いていました。そのため、ECDさんファンの間にはまだまだ元気に頑張っているのだろうという印象を受けていた人も少なくなかったと思われます。

ECDさんのツイートによれば、当初4日の予定で無事退院する予定が、結果的には帰らぬ人になってしまったことが、投稿の流れからも見て取れます。ECDさん死去のニュースがメディアを中心に流れ、多くの日本語ラップファンやヒップホップ好きの間に衝撃が走りました。

ECDのプロフィール

ECD(イーシーディー)
本名:石田義則
1960年3月29日
東京都出身
1990年シングル「Pico Curie」でデビュー
2008年写真家の橋本一子と結婚
2016年がんであることを公表
2018年1月24日死去
(享年57歳)

著作本も多いECDさん。アルコール問題からレコード会社解雇へ至る流れなどは著作『失点・イン・ザ・パーク』に詳しく述べられています。がん闘病から死去までの家族の関係については、同時期にECDさん著作『他人の始まり 因果の終わり』と、妻の著作『家族最後の日』が2冊出版されています。がん闘病中のECDさんが家族や自分について語る目線と、妻からの目線、両方が読めるのが興味深いです。

Jラップ創成期からのECDの経歴

がん闘病から死去までのラッパーの活躍

ECDさんは80年代のグランドマスター・フラッシュやRUN D.M.Cといったヒップホップムーブメントにインスピレーションを受け、87年にラッパーとしての活動を始動しました。他の日本語ラップ界の大御所同様、ヒップホップ文化のスタート時を自ら作り上げてきたアーティストの一人です。

ヒップホップイベントでのムーブメント

89年のヒップホップ・イベント「CHECK YOUR MIKE」を主催したことを皮切りに、日本語ラッパーの先駆けとしてアルバム『ECD』をリリース。その後、1995年日比谷野外音楽堂で「さんピンCAMP」を行いました。このイベントは多くのアーティストを輩出することになり日本語ヒップホップ史の伝説にもなっている画期的なイベントでした。

日本語ラップブームからは距離を置く

日本語ラップの創成期を作り上げたECDさん達のような先駆者が、ようやく日の目を見始めるのは2000年初頭のいわゆるJラップブーム期です。しかし硬派の元祖日本語ラッパーの多くは、お茶の間で消費されていく日本語ヒップホップバブルからは距離を置いています。

ECDさんもその一人だったといえそうです。頑固に自分のアーティスト性を追求するものの、結果的に日本語ラップの商業化に伴う金銭面の安定や名誉からも遠のいてしまうことになります。結果論でいえば、健康状態の悪化なども伴い、今回死去のニュースを聞いたファンの中には、複雑な思いを感じてしまう人も少なくなかったかもしれません。

2000年以降のECDさんの音楽活動ですが、2003年にメジャーレーベルから自主レーベル「FINAL JUNKY」を立ち上げています。ECDさんはイリシットツボイとともにライブハウスなどを中心に活動してきました。時にアルバイトをするほど経済的に追い詰められたこともありましたが、死去する寸前まで現役ラッパーとして駆け抜けています。

ECDさんは日本語ラッパーとしてキャリア30年。リリースしたアルバムは実に17枚というベテランヒップホップアーティストです。死去するまで「日本最高齢現役ラッパー」というキャッチコピーを名乗っていたことも知られています。

死去までのECDの社会的な活動

2011年以降は、反原発・反レイシズムのムーブメントに参加し、選挙演説でのゲリラライブなども行っていたECDさん。社会派ラッパーのイメージを持つ人も多いかもしれません。近年では死去のニュースが流れるまで、デモに参加して元気な様子を見せてきたイメージが強いアーティストでもあります。

ECDさんは「サウンドデモ」や「原発やめろデモ」を筆頭に、SEALDsの国会前抗議デモの先頭に立っていたことも記憶に新しいところです。とてもがん闘病中とは思えないエネルギッシュな活動ぶりではありましたが、裏腹に妻の目線で綴られるインスタグラムなどからのECDさんの具体的な健康状態の悪化は壮絶なものでした。死去までのECDさんの日常の風景は橋本一子さんのSNSに顕著です。

ラッパーECDの家族を含む私生活の経歴

ECDさんは2008年写真家の橋本一子さんと結婚。妻が24歳年下という年齢差も話題になっていました。その後女児が2人生まれ、ECDさんは50歳になって2児の父となっています。

がんのECDを支えた家族について詳しく紹介

ECDさんの妻は写真家の植本一子さんです。夫であるECDさんとの特異な関係性は植本一子さんの著作『働けECDわたしの育児混沌記』を皮切りに複数の著作で語られています。

ECDさんと植本一子さんの近くて遠い家族の絆は不思議な温度感を伴っています。ECDさんと植本一子さんの家族には2人の娘がいます。ECDさんの破天荒なラッパー人生を語るとき、家族の中の父親としてのECD像はあまり語られないところなのかもしれません。

家族という単位は危ういもの。しかしECDさんは娘たちの幼稚園の運動会に欠かさず出かけていきます。ヒップホップやラッパーといえば強面でいかついイメージがありますが、娘たちを前にするとこの表情です。

ECDさんと植本一子さんの夫婦関係も著作『かなわない』などで赤裸々に語られています。一度は離婚を覚悟し、常に一定の距離感や客観性が伴うECDさんと植本一子さんの夫婦関係ですが、がんが分かり闘病生活を余儀なくされる中、いつか来る家族最後の日を待ちながら、周りの人たちに支えられながら、また新たに「家族」という単位のありようを考えるといった様子が語られていきます。

簡単ではない家族の関係のようですが、がん闘病にも金銭面の管理ができないECDさんを支えたのは妻。娘たちの子育てや家庭を支えたのもやはり妻ということでした。

家族だけでなく、周辺の友人や関係者の方達はチャリティーTシャツなどを制作販売し、こうした募金活動も闘病にかかった費用の補填に充てられています。

死去まで続く「家族最後の日」の画像

ECDさんのがん闘病と家族との日々は、妻で写真家の植本一子さんが発信するインスタグラムの投稿などで見ることができます。ECDさんの妻で写真家の植本一子さんの最新作『家族最後の日』の写真を見ると、がんに蝕まれたECDさんが娘たちと過ごす日々が淡々と綴られていきます。

ECDさんががんとの闘いから解放される時、ECDさんが死去することは家族最後の日になるという決心のもと、一時はECDさんを被写体にすることをやめていた妻のカメラが、再びECDさんを追いかけていきます。それを家族の再生と考えるECDさんですが、闘病を支える家族にとっては、もう少し複雑な心境が重なります。家族が死去し別れ別れになるまでの時間は、体験した人でないと理解できないものかもしれません。

これまでECDさんのMVを担当してきた佐々木堅人監督による闘病ドキュメンタリーもリリースされています。ドキュメンタリー『がんばれECD:56歳現役ラッパーとその家族、闘病の記録』は死去の時が迫る中、アーティストとして駆け抜けるラッパーECDさんの生き様を改めて確認することができると好評です。

ECD死去のニュースのあとに聞きたい名曲

ECDさんの名曲『君といつまでも(together forever mix)feat. ECD×DJ Mitsu The Beats』は、加山雄三生誕80周年を記念して作られたリミックスアルバムの8曲目にフューチャーされています。ももクロやスチャダラパー、水曜日のカンパネラの楽曲目当てにアルバムを購入したら、ECDさんのラストソングでやられてしまったという声が多く聞かれた名トラックです。

ECDさん死去のニュースとともに、ECDさんとその妻や娘たちとの関係などを知ってからもう一度聞き直すと、さらに心にしみるというファンの声も多い名曲です。

ECD死去で振り返る壮絶なラッパーの経歴

がんで57歳という若さで死去した日本語ラッパーECDさん。破天荒でお金やビジネスにこだわらず、好きな音楽に没頭した壮絶なヒップホップ人生でした。

死去までの人生の後半は、社会的な不公平に声を上げる活動ぶりもおなじみになりました。一度は離婚も考えたという妻で写真家の植本一子さんと二人の娘さんとの家族関係は、混沌とした時期を経てがん闘病を乗り越え、また違った新しい家族の形へと昇華したような印象を受けます。

ECDさん死去のニュースは残念ですが、ECDさんが命がけで作り上げた音楽は残っていきます。ECDさんのご冥福をお祈りしましょう。

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