その非常に特徴的な世界観で一斉を風靡した女性シンガーソングライター森田童子。その森田童子が死去されたという衝撃的なニュースが舞い込んで来ました。本名や素顔に関する情報が極めて少ない事で知られる森田童子ですが、お亡くなりになるまでの間に数々の印象的な楽曲を世に残されております。その独特な世界観の歌詞やメロディに魅了されたファンも多かったのではないでしょうか?今回は森田童子死去に伴い、現在までの活動や、死因、本名など、森田童子の知られざる素顔について出来る限り迫ってみたいと思います。

森田童子が死去。その死因と現在の素顔・これまでの活動や本名について

目次

  1. 森田童子が死去
  2. 森田童子とは
  3. 森田童子の歩み
  4. 唯一無二の世界観を持つ森田童子
  5. 森田童子が突如注目を集めたのは「高校教師」がきっかけ
  6. 森田童子の本名は?
  7. 死去されるまでの現在の森田童子はどの様な活動をしていたのか?
  8. 森田童子が死去したその死因は?
  9. 森田童子の死去に世間は?
  10. 森田童子は死去するもその曲は永遠に不滅

森田童子が死去

唯一無二の世界観を持つシンガーソングライター「森田童子」が死去

その非常に特徴的な世界観で一斉を風靡した女性シンガーソングライター森田童子。その森田童子が死去されたという衝撃的なニュースが舞い込んで来ました。本名や素顔に関する情報が極めて少ない事で知られる森田童子ですが、お亡くなりになるまでの間に数々の印象的な楽曲を世に残されております。その独特な世界観の歌詞やメロディに魅了されたファンも多かったのではないでしょうか?

森田童子の素顔に迫る

そんな森田童子も晩年は病との闘いの日々の繰り返しだったと言われており、表舞台での活躍を耳にすることは殆どなかった様です。稀代のシンガーソングライターと言われた森田童子の早すぎる死去には、驚かれた方も多いことでしょう。そこで今回は森田童子死去に伴い、現在までの活動や、死因、本名など、森田童子の知られざる素顔について出来る限り迫ってみたいと思います。如何にして森田童子というシンガーソングライターは生まれたのか?その足取りを辿ります。

森田童子とは

森田童子のプロフィール

本名 非公開
生誕 1952年1月15日
出身地 東京都
死没 2018年4月24日(66歳没)
ジャンル フォーク、J-POP
職業 シンガーソングライター
活動期間 1975年 - 1983年
レーベル ポリドール
(1975 - 1979)
ワーナー・パイオニア
(1980 - 1983)
事務所 小澤音楽事務所・海底劇場

森田童子(もりたどうじ)は、1952年1月15日生まれのシンガーソングライター。出身地は東京で没年月日は2018年4月24日。66歳でこの世を去っています。非常にコアな世界観をもつ楽曲が特徴的な森田童子は、他のシンガーソングライターにはない独自の世界観を構築していた数少ない歌い手の一人です。素性に関する情報が少ないために男性と思われている方も多かったようですが森田童子の性別は女性です。

森田童子の歩み

森田童子の歩みを振り返ってみよう

それでは森田童子のこれまでの歩みを振り返ってみましょう。(とはいっても森田童子に関しては殆ど情報が出回っていないため、限られた情報の中からより集めた説明となってしまうのですが…。)東京都出身の若き日の森田童子ですが、彼女が多感な青春時代を過ごした1960年代当時の東京は学園闘争の真っ只中で、いたる所で学生デモが吹き荒れているような時代でした。そんな高校時代を過ごしていた森田童子は友人が捕まったことをきっかけに高校を中退します。

高校中退後は自由気ままな生活を送っていた森田童子でしたが、彼女が20歳だったある日一人の友人を若くしてこの世を去りました。その友人の死をきっかけに森田童子は歌うことを始めたそうです。そしてこの亡くなった友人をモチーフにした曲が、森田童子にとってのデビュー曲となった『さよなら ぼくの ともだち』なのです。

そうしてメジャーデビューを果たした森田童子。メジャーデビュー後は主にライブハウスを中心とした活動を行っていきます。そして1983年までの間にアルバム7枚とシングル4枚をリリースした森田童子は、同年に発売したアルバム「狼少年 wolf boy」と新宿ロフトでのライブを最後に、シンガーソングライター森田童子しての活動を休止。2003年に発売されたベスト盤に新規収録された「ひとり遊び」が彼女にとって最後の音楽活動となりました。

唯一無二の世界観を持つ森田童子

他に類を見ない絶対的な世界観が特徴の森田童子

森田童子といえば、何と言ってもその独特の世界観に尽きるでしょう。一言で言えば「暗い」と表現するのが一番適切ではないかと思います。それほどまでにとにかく重い世界観の彼女の曲の世界。個性的なシンガーソングライターは数あれど、森田童子のような世界観を醸し出すようなシンガーソングライターは他にはおらず、まさに文字通り唯一無二の存在と言って良いでしょう。

音楽はその時代の世相を表しているとよく言われますが、森田童子の楽曲はまさに1960〜70年代の世相を表している象徴的な楽曲と言っても過言ではありません。若者世代はこの様な空気感とは無縁の時代に育っているので、恐らくはこういった空気感にはピンと来ない筈ですが、森田童子と同じ時代を生きてきた方々にとってはまさに時代を象徴するシンガーソングライターなのではないでしょうか。

森田童子が突如注目を集めたのは「高校教師」がきっかけ

ドラマ「高校教師」の主題歌となった僕たちの失敗が大ヒットを記録した森田童子

前途の説明でもお分かりの通り、森田童子の音楽活動はメジャーなアーティストのそれとは異なり、「知る人ぞ知る」世界の話のようなものであって、オリコンチャート等で楽曲が評価されるようなスタイルの活動は一切行っておりませんでした。そしてもちろん彼女自身もそのような志向を持ち合わせておらず、本来ならば彼女の曲が大勢の人間に知られる可能性は皆無と言っても良いものでした。それが何故に大ブレイクとなったのでしょうか?

そのきっかけは彼女の曲である「僕たちの失敗」が、TBS系列で放送されたテレビドラマ「高校教師」の主題歌に起用された事でした。桜井幸子と真田広之が主演を務めたこの高校教師というドラマは、現在では絶対に放送する事が出来ないような数々のタブーに深く切り込んだドラマで、放送直後から大ブレイクを巻き起こし、結果社会現象とまで言われた作品となっております。

この作品の脚本を担当したのがあの人気脚本家である野島伸司で、彼が高校生の頃にライブハウスで聴いた森田童子の歌がとても印象的で、そのイメージにピッタリだったこのドラマの主題歌に起用したのがきっかけだったのです。このドラマの主題歌となった「ぼくたちの失敗は」100万枚近い売上を記録する大ヒットとなり、世間には森田童子の活動を直に知らない世代にも関わらず、「森田童子信者」と呼ばれる狂信的な信者までもが生まれる事と成りました。

森田童子の本名は?

森田童子の本名は非公開となっている

森田童子は本名を始め自身のパーソナルな情報に関しては殆ど明らかにしていません。これは元々森田童子自身がメジャーになることを意識した音楽活動を行うつもりが毛頭なかったということが関係しているのだと言われています。「ひっそりと音楽活動を行っていく」「歌いたい歌を歌う」「ビジネスとして歌うつもりはない」そんな森田童子自身のコンセプトがこうした情報の遮断というものに繋がったのではないでしょうか。

とは言ったもののやはり本名は何なのか?は、気になるところではないでしょうか。そこで森田童子の本名に繋がるような情報を徹底的に探してみました。その結果は…やはり森田童子の本名に繋がる様な情報を一切見つけることが出来ませんでした。たしかに本名は気になりますが、例え本名が分からなくても森田童子の歌が色褪せることはありません。ミステリアスな部分をそのままにしたほうがより森田童子の世界観に浸ることが出来るのかもしれませんね。

死去されるまでの現在の森田童子はどの様な活動をしていたのか?

活動休止後から死去されるまで活動らしい活動は行っていない

森田童子が1983年に活動を休止してから、お亡くなりになるまでの間どの様な活動をしていたのかも気になるところでしょう。歌手活動を休止し、その後は一般の主婦として生活を送っていた森田童子。高校教師の主題歌に起用された事がきっかけでリバイバルブームが巻き起こり、ベストアルバムが発売されたりもあったのですが、その間も彼女は一切の活動を行った形跡はありませんでした。

先程も触れたように2003年のベストアルバムの発売の際に、自らのギター、ハーモニカの演奏を約20年振りに新録で収録したのが活動休止後唯一の音楽活動であり、それ以外は一切の活動を行っておりません。

森田童子が死去したその死因は?

森田童子死去の原因は癌の可能性が高いと見られている

森田童子の死去の一報に驚かれた方も多かったでしょうが、気になるのがその死因についてです。この死因について調査してみたのですが、森田童子の死因については明らかにされていないようで、ただ自宅で亡くなったという事だけが報じられている状況です。しかしながら彼女は生前癌に侵されていたという情報があり、恐らく死因もその癌によるものではないかと考えられている様です。

森田童子の死去に世間は?

森田童子死去の一報に驚きを隠せない人々も多い模様

最後に森田童子の死去の報道についての世間の声について調査してみました。森田童子自体を現在知っているという世代はある程度の年齢に限られるため、それほど大きな騒ぎとはなっていない感じもしましたが、ある一定以上の年代の方にとっては非常に衝撃的なニュースとして受け止められているようです。

森田童子の死去の一報は、若者世代にとっては「死した現在もその素顔や本名が明らかにされず、非常にミステリアスなアーティスト」の訃報という取扱い方をされている様ですが、同世代の方や高校教師を見ていた世代の方にとっては現在でも「高校教師=森田童子」と直結するビッグネームです。世代によってこれだけ印象が違うのにも驚きです。

森田童子は死去するもその曲は永遠に不滅

死去後も森田童子の作品はこの先も永遠に引き継がれていく事だろう

今回は「僕たちの失敗」等で知られるシンガーソングライター「森田童子」の死去に伴い、彼女の素顔に迫って参りました。結局のところ目新しい何かを見つけることは叶いませんでしたが、それこそが森田童子の望んだ事なのかもしれません。66歳という早すぎる死は非常に残念ではありますが、死してもその曲はこれからも永遠に引き継がれていくことでしょう。


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