スポーツ選手としてだけでなく、幼少期から天才卓球少女としてメディアに注目され、国民から「愛ちゃん」の愛称で親しまれている、卓球選手の福原愛さん。今は結婚し、子供にも恵まれ幸せな生活を送っているようです。さぞ順風満帆な人生を送っているのでは?気になる生い立ちを調べたところ、実家の会社倒産、父との絶縁、母の厳しい指導、兄のマネジメントサポートなど、知られざる苦労の一面が見えてきました。今回は福原愛さんの父、母、兄との関係を中心に生い立ちについて調査しました!

福原愛の兄・父・母など家族まとめ!生い立ちについて調査【画像】

目次

  1. 福原愛さんの生い立ちや兄 父 母について徹底調査!
  2. 福原愛さんの画像とプロフィール
  3. 福原愛さんの生い立ち①兄について
  4. 福原愛さんの生い立ち②父について
  5. 福原愛さんの父 その後
  6. 福原愛さんの生い立ち③母について
  7. 福原愛さんの母の現在は?【画像あり】
  8. 福原愛さんの幼少期「泣き虫愛ちゃん」編 【動画あり】
  9. 福原愛さんの幼少期・芸能人と卓球対決編【動画あり】
  10. 新たな家族を持った福原愛さんの現在【画像あり】
  11. 福原愛さんの今後の活躍にも注目!

福原愛さんの生い立ちや兄 父 母について徹底調査!

小さい頃から卓球を始めた福原愛さんですが、始めたきっかけは何だったのでしょうか?またオリンピック選手が育つ練習環境とは?家族仲はよかったのでしょうか?今の福原愛さんが形成されるまでの生い立ちや兄父母について見ていきます。

福原愛さんの画像とプロフィール

本名 福原愛
生年月日 1988年11月1日
出身地 宮城県仙台市
身長 155cm
血液型 B型
スポンサー ANA(全日本空輸)
経歴 リオデジャネイロ五輪卓球女子団体銅メダル獲得

その他、これまで世界卓球選手権大会、アジア競技大会等、数多くの大会に出場しメダルを獲得。2016年国際結婚し現在一児の母。お母さんになった福原愛さんはもう「愛ちゃん」ではないですね。

卓球や他のスポーツ選手とも交流がある福原愛さん【画像あり】

福原愛さんは人見知りをしない性格で、卓球選手にかぎらずオリンピックなど他の競技選手が集まる場所でも自ら積極的に声をかけていくそうです。

リオデジャネイロ五輪で卓球女子団体で銅メダルを獲得した、石川佳純選手、伊藤美誠選手と写る福原愛さん。普段のシーンはなかなか見られず貴重ですが、プライベートでも仲が良いようですね。

次世代のエースと名高い平野美宇選手との一枚。平野選手にとって福原愛さんは憧れの先輩であり、平野選手が小さい頃から卓球を始めたのは愛さんの活躍を見ていたこともあったそうです。

左から福原愛さん、女子レスリングの吉田沙保里選手、ゴルファーの宮里藍選手、有村智恵選手。貴重な画像ですね。いったいどんな会話が繰り広げられるのか気になります!

福原愛さんの生い立ち①兄について

当初はお兄さんが始めていた卓球

福原愛さんには10歳年齢の離れた兄 秀行さんがいます。実は先に卓球選手を志したのはお兄さんの方でした。お兄さんも幼少期から卓球漬けの毎日を送っていたのかと思いきや、始めたのは意外にも中学生になってからだそう。

両親はお兄さんへの指導に熱心で、「やるなら一番を目指せ!」とお金は惜しまず、徹底的な英才教育を受けます。家族はお兄さんに付きっきりで、当時3歳の福原愛さんはお兄さんの練習が終わるのを本を読んで待っていましたが、両親を振り向かせたい気持ちから、「私もやりたい!」「お兄ちゃんのようになりたい!」とお願いして卓球を始めました。

お兄さんは、愛さんが卓球の練習に励むようになってからアドバイスを送ることもありました。愛さんが高校生の時、座右の銘は「よく寝て、よく遊び、よく食べる」だったそうですが、お兄さんから変更するよう促され「一意専心(意味:他のことを考えずそのことだけに集中するように)」に変わったといいます。お兄さんとは年齢が10個離れていることもあって、影響を受けることもあったようですね。

福原愛さんの兄の現在は?顔は似ている?

その後お兄さんは卓球の道には進まず、東京で就職をしています。両親が離婚してからはお兄さんは仕事を辞め、「千秀企画」という個人マネジメント会社を立ち上げ、現役選手だった愛さんのマネジメントを務めます。現在40歳。いったいどんな方なのか、お兄さんの画像を調べましたが公式なものは発表されていません。これまでもお兄さんはメディアには登場していないようで明らかになっていません。

福原愛さんの生い立ち②父について

“父親の言うことが絶対”だった福原家

幼少期から卓球漬けの日々を送っていた愛さんですが、一時期成績が伸び悩んだ時期がありました。原因の一つに父 武彦さんの指導法があったといいます。

卓球経験がなかった父は、試合の結果が良くないとすぐ指導法を変え、その統一性のない練習法に、卓球経験者の福原愛の母 千代さんもうんざりすることがあったようです。しかし、福原家はお父さんの言うことが“絶対”。千代さんやお兄さんが異見することもできず、愛さんのプレーに悪影響を及ぼしていったといいます。

家族も反対できなかった父の指導法

父は、仙台で不動産会社を経営していましたが、卓球界で有名の作馬六郎コーチからサーブの指導を受けるべく、大阪への引っ越しを決意します(ここで必殺“王子サーブ”が生まれます)。数年後、大阪の中学に入学するも「スポーツ名門校の青森山田中学でプロとしての活動を優先させたい」と考えた父は、今度は青森へ。また卓球大国である中国からもコーチを招聘するなど、父は徹底した練習環境を用意しました。

愛さんが早稲田大学スポーツ科学部に入学してからも父の勢いは止まらず、中国・日本・大学各リーグに参戦させるなど、環境が目まぐるしく変わる日々に家族はついていけませんでした。愛さんはそれが原因で成績が振るわないと、また指導法を変える…という繰り返しでした。

家族でかかえた借金 そして父と母の離婚

その後、バブル崩壊の時期とも重なり、父の仙台の不動産会社が負債を抱えて倒産、卓球の練習に費やした金額も含め、負債額はなんと1億4000万円に膨れ上がってしまいました。

同じ時期、「卓球の愛ちゃん」としてテレビやCMにも引っ張りだこ、プロ選手としてミキハウスと専属契約するなど、稼ぎはあったものの、そのお金は借金の返済に消えていきました。家計は火の車。両親は離婚し、父は自己破産をしました。愛さんは世間の注目の一方で壮絶な生い立ちを経験されていたのですね。

家族としての縁を切り兄がマネジメントに

これまでの父親の指導に嫌気が指していた愛さんですが、2008年の北京五輪で愛さんがメダル獲得を逃した後から関係はさらに悪化。お兄さんと愛さんで話し合い、お兄さんから「これ以上振り回さないでくれ。もう愛とは関わらないでほしい」と告げ、離別。その年の年末を最後に父とは絶縁状態になりました。

それまで父が愛さんのマネジメントをしていましたが、この時からお兄さんが「千秀企画」というマネジメント会社を立ち上げます。会社名の由来は、母 千代さんと兄 秀行さんの名前一文字ずつを組み合わせたもの。会社名からも、父との決別の強い意志が伝わってきますね。それにしても、妹のためにマネジメント業を始めたお兄さん、妹想いで素敵な方ですね。

福原愛さんの父 その後

お父さんは家族と離れた後、秋田県湯沢市の温泉関連施設で役員として仕事をしていましたが、その後、肝臓がんを発症。2013年、父 武彦さんは秋田県内の病院で死去。73歳でした。この時ちょうど卓球の東アジア競技大会期間中で、愛さんは最期を看取らず、訃報を聞くことになりました。

亡くなった父に対し「今の私があるのも父のおかげ」とコメントしています。絶縁状態になった父娘ですが、負債を抱えながらも幼い頃から練習環境を整えてくれた父に、愛さんはとても感謝しているそうです。

福原愛さんの生い立ち③母について

愛さんの母 千代さんは元卓球選手で、実践的な指導はお母さんから受けていました。元々子育てには熱心で、愛さんが1歳になる頃にはなんとひらがなが読め、2歳で書けるように教育したといいます。通常、小学校1年生でひらがなの正しい読み書きを習うものですから、どれほど早く指導し習得していたかが分かります。

その後、愛さんが3歳で卓球をやりたいと言い始めてから、練習は毎日4~5時間、年に休みは3日程度でした。友達と遊ぶ時間を削って卓球に没頭する生活が、小学校6年生の全日本選手権まで続きました。母の英才教育がその後のメダリストを基盤となっているのです。

コーチとして母として 福原愛さんをサポート

お母さんは厳しいだけでなく、60歳を過ぎてからは調理師の学校に通い始めます。これは愛さんが大会での遠征や帰国した時に差し出すお弁当の栄養知識を増やすためだったそう。コーチとして、母として、全力で愛さんの努力をサポートし続けた結果、数々のメダルを手にすることになりました。

福原愛さんの母の現在は?【画像あり】

現在のお母さんの写真が福原愛さん本人のtwitterで紹介されていました!画像は加工をされていますが、今はコーチとしての厳しい面影はなく、仲睦まじい母娘の様子が伝わってきますね。

また2018年3月、母 千代さんは、愛さんが3歳の時からオリンピック選手になるまで育て、今の日本の卓球ブームに貢献したことが評価され「第一回 未来のいしずえ賞」のスポーツ部門を受賞しました。

福原愛さんの幼少期「泣き虫愛ちゃん」編 【動画あり】

「天才卓球少女」として注目を浴びてから度々紹介されたのは、愛さんがよく泣きながら卓球をしている姿でした。一時期は「無理やりやらせているのでは?」「かわいそう」という声も挙がりましたが、実は愛さんが試合で泣いたのは4歳の時の一回のみ。その泣き姿が可愛らしく何度も放映されることから、「泣き虫愛ちゃん」の名前がついてしまいました。

元々は愛さんの強い意志で始めた卓球。お母さんとの練習でサーブが上手く返せず、泣いてしまうこともありましたが、この時からずっと続けているのですから、その意欲と精神力には感心してしまいますね。

福原愛さんの幼少期・芸能人と卓球対決編【動画あり】

子どもらしいかわいらしさと、ひたむきに卓球に取り組む姿がメディアで話題になり、スポーツやバラエティ番組などには何度も出演していました。

この頃から有名だった明石家さんまさんやウッチャンナンチャンの南原さんとは卓球対決をしています。大人も本気になるくらいの試合を展開する愛さん。この頃から強さは本物ですね。

新たな家族を持った福原愛さんの現在【画像あり】

ここまで福原愛さんの生い立ちを紹介してきました。幼少期から壮絶な体験もしてきているのが分かりました。2016年のリオ五輪直後に台湾の卓球選手 江宏傑(コウ コウケツ)さんとの結婚を発表。「旦那さんがイケメン!」として一時話題になりましたね。

翌年2017年には女の子を出産。生後6ヶ月を迎えた時には皆でお祝いをしたそうで、家族3人で仲睦まじく写る写真が公開されました。

福原愛さんの今後の活躍にも注目!

今回は福原愛さんのプロフィールや、兄・母・父との関係や生い立ちについて調査しました。本業の卓球に関しての引退発表はなく、子育てが落ち着いたら試合に出る意志も示しているんだとか。彼女のプレーをまた見られると思うとわくわくしますね。今後も彼女の活躍に目が離せません!


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