明石家さんまの弟の死因は?壮絶な生い立ちの過去から現在までまとめ

お笑い芸人として、BIG3と呼ばれるトップに君臨する明石家さんま。そんな明石家さんまには弟がいました。しかし、明石家さんまには壮絶な生い立ちや弟の悲劇の死因があるのです。そんな明石家さんまの生い立ちをまとめて紹介し、真の明石家さんまに迫ります。

明石家さんまの弟の死因は?壮絶な生い立ちの過去から現在までまとめ

目次

  1. 明石家さんまと弟の壮絶な関係
  2. 明石家さんまと弟のまとめ①
  3. 明石家さんまと弟のまとめ②
  4. 明石家さんまと弟のまとめ③
  5. なぜ明石家さんまの弟は自殺したのか
  6. 明石家さんまの弟は全身に灯油を浴びていた
  7. 弟の死を乗り越えて明石家さんまが掴んだ幸せ
  8. 明石家さんまと大竹しのぶの家族
  9. 明石家さんまは弟のこともあり人を大事にする
  10. 弟だけでなく明石家さんまも死にかけた
  11. 明石家さんまの死は弟が防いだ?
  12. 明石家さんまの娘と弟の関係
  13. 明石家さんまと弟と自分の子供
  14. いまでも明石家さんまと大竹しのぶたちは仲良し
  15. 明石家さんまは弟にとって自慢の兄

明石家さんまと弟の壮絶な関係

お笑い芸人のトップとして、誰からも愛される明石家さんま。コントから司会、大物から若手まで良さを引き出すの手腕は高く評価されています。いつも明るい明石家さんまだけに、その生い立ちは笑いに溢れたものと思いきや、実は明石家さんまの生い立ちは壮絶なものだったのです。

明石家さんまは、1955年7月1日生まれの61歳です。和歌山県東牟婁郡古座町で生まれ、奈良県奈良市で育った明石家さんま。いつも冗談ばかりの明石家さんまには、家族にまつわる様々な噂がまとめられています。特に弟との関係は、普段の明石家さんまのイメージとは大きくかけ離れたものでした。

明石家さんまと弟のまとめ①

明石家さんまの生い立ちは、とても過酷なものでした。まず、明石家さんまが生まれて間もない3歳のころに、実の母親が死去しています。家族は父と亡くなった母、そして兄が居たようです。明石家さんまが、小学生になるころに、父親は新しい妻を見つけ、結婚しています。その再婚相手には、連れ子がいたため、明石家さんまには義理の弟が出来ました。

明石家さんまとこの義理の弟は仲がよく、よく二人で遊んでいたそうです。しかし、再婚した母親は、明石家さんまと兄には愛情をかけず、半ば嫌われもののように扱われたそうです。誰からも愛されるような印象のある明石家さんまが、実は継母には愛されなかったのです。

明石家さんまが人一倍ふざけるようになったのは、この継母に好かれたいという気持ちがあったからと言われています。いろんな冗談を考えて継母に笑ってもらい、愛されたい。そんな気持ちが、お笑い怪獣と呼ばれる明石家さんまの基礎を作ったのです。

明石家さんまと弟のまとめ②

なぜここまで、明石家さんまと長男は継母に愛されなかったのかは分かりません。継母も前夫との間でいろんなことがあったのかもしれませんね。

継母は自分が産んだ弟だけしか愛せず、結局、明石家さんまと兄は多感な年頃を悲しみに明け暮れながら育ったそうです。よく二人で泣きながら、慰めあったとも言われています。また、継母はかなりお酒を飲む人物だったようで、明石家さんまはいまだにお酒好きな女性は苦手と言われています。

後のお笑い怪獣の壮絶な生い立ちの最初をまとめただけでも、いまの明石家さんまからは想像出来ない生い立ちですよね。それでも、この生い立ちに負けずに笑いを追求していったことで、学生時代から人気者だったようです。

明石家さんまと弟のまとめ③

継母には愛されないものの、年齢を重ねても義理の弟とは本当の兄弟のように仲良くすごしていました。しかし、明石家さんまがお笑い芸人として冠番組を持つほど人気者になっていたときに、ある壮絶な出来事が起きたのです。

1983年4月2日、明石家さんまが28歳のころに事件が起きました。実家が火事で弟は焼死してしまったのです。しかもこれは事件ではなく、弟が焼身自殺をしたと判断されたのです。この新聞の記事から、弟の名前が杉本正登?(明石家さんまの本名は杉本高文)であることがわかります。

明石家さんまは突然、最愛の弟を亡くしてしまったのです。インターハイや国体の選手に選ばれるほどサッカーがうまく、明石家さんまもサッカーの腕前では弟に太刀打ちできなかったようです。この自殺は突然だったようで、この事件の前年の10月に、ワールドカップを一緒に見に行く約束もしていたようです。

なぜ明石家さんまの弟は自殺したのか

明石家さんまの弟の死因である自殺。なぜ焼身自殺という死因を選ぶ必要があったのでしょか。新聞の記事からわかることは、弟は家業を継ぐ予定になっていたようです。しかし、この家業を継ぐということが、弟の自殺という死因につながったようです。

明石家さんまの実家は、このとき食品加工業を営んでいたようです。弟はこの仕事を継ぐように頼まれていたようですが、有名人である明石家さんまの弟として、家業を継ぐことには前向きではなかったようです。

食品加工業と明石家さんまが有名であることが、どれほど関わるのか分かりませんが、市場でいろんなところで顔を出すたびに「さんまの弟か!」と言われるのに嫌気がさしていたのでしょうか。明石家さんまは、最後まで自殺ということは、信じられなかったようです。

明石家さんまの弟は全身に灯油を浴びていた

最初は火事から逃げ遅れたのが死因だと思われていたのですが、遺体を調べていくうちにべったりと下着にまで灯油が染み込んでいるのが発覚したそうです。こうなると、完全に死因は焼身自殺と決定づけられたそうです。

壮絶な死因もあり、明石家さんまの弟の事件は、瞬く間に週刊誌のネタにされてしまったのです。明石家さんま自身も弟の死因もあり、お笑い芸人として活動していくことを辞めることも考えたようです。そんな明石家さんまの様子を見るに見かねたお笑い芸人たちが、明石家さんまを励まそうと舞台に立てるよう励ましたようです。

特にオール阪神・巨人のオール巨人は、あえて弟の死因をネタにしたようなギャグを明石家さんまにふって、それに明石家さんまも逃げずボケて返したそうです。自分がお笑い芸人として生きていく中で、いつまでも下を向いているわけにはいかないと思ったようです。

弟の死を乗り越えて明石家さんまが掴んだ幸せ

これが明石家さんまの弟の壮絶な死のまとめです。まとめていく中で、明石家さんまの壮絶な生い立ちと、弟の死因、お笑い芸人として、それすら乗り越えて、笑いにしていかなければならない辛さを感じますよね。そんな明石家さんまにも、人生の転機がやってきます。

明石家さんまは1986年から放送されたテレビドラマ『男女7人夏物語』で大竹しのぶと共演します。このドラマは空前絶後の大ヒットを記録します。大竹しのぶはすでに服部清治というドラマプロデューサーと25歳のときに結婚していました。また、明石家さんまもこの服部清治とは知り合いでした。

しかし、大竹しのぶも服部清治と壮絶な別れを経験します。長男の二千翔が生まれてやっと5歳という年齢になったとき亡くなってしまったのです。死因は胃がんで発覚したときはすでに手遅れだったようです。亡くなる直前、明石家さんまは服部清治に大竹しのぶのことを任されたと噂されています。

明石家さんまと大竹しのぶの家族

大竹しのぶはこの突然の死因により、半年近くまともに寝ることができなかったようです。そんな中、真夜中いつ電話しても、電話に出てくれたのが明石家さんまだったようです。そんな明石家さんまの優しさに惚れ込んだようです。

その後、『男女7人秋物語』『いこかもどろか』で改めて共演し、このころには、すでに関係者の間では二人の仲は噂になっていたようです。そして、いこかもどろかの撮影終了後に、明石家さんまとの結婚を発表。長女のいまる(芸名IMALU)も誕生します。

お笑い芸人と人気女優の結婚だけあってかなりまとめられて報道されました。いまでも二人のちょっと変わった仲良しエピソードがテレビでまとめて流れることは多いですよね。

明石家さんまは弟のこともあり人を大事にする

お笑い芸人である明石家さんまは、幼少期の壮絶な生い立ちをまとめてみていくと、現在のお笑い芸人としての姿勢もわかってきます。お笑い芸人としてどんなに有名になっても、明石家さんまは弟を失った悲しみも有り、人をとても大事にしています。

最近のお笑い芸人は、ちょっと有名になったらファンのサインを断ったりしますが、明石家さんまは移動中でも、新幹線の駅でも、サインどころか、写真撮影にも快く答えています。そのため、明石家さんまの写真のまとめをネットで見ると、ファンと撮影した写真がたくさん見つかるんですよね。

弟を失った悲しみから、弟の分も全力で生きる。そういう姿勢が常に伝わって来ます。そのため、ベテランから若手まで垣根なく関わっていますよね。

弟だけでなく明石家さんまも死にかけた

実は明石家さんまは、弟だけでなく、自身も壮絶な生存体験があるのです。明石家さんまは、『日本航空AL123便墜落事故』という、飛行機事故でも最も壮絶な事故と言われるものに、巻き込まれる寸前だったのです。

この事故では、日本を代表する歌手である坂本九、阪神タイガースのオーナーが搭乗しており、520名の死者を出しました。このとき明石家さんま『オレたちひょうきん族』の収録が終わり、大阪で収録される『ヤングタウン』のために、飛行機に乗る予定でした。

明石家さんまの死は弟が防いだ?

しかし、このとき明石家さんまは、ひょうきん族の収録が予定よりもかなり早く終わり、普段と違う1つ早い便の飛行機に乗ったのです。大阪に到着して、この事故のことを知り、明石家さんまはヤングタウンを本来の内容と全く違う、報道番組に近い形で、事故の状況を伝える形になりました。

また、この飛行機には他に、アナウンサーの逸見政孝、怪談話で有名な稲川淳二も搭乗する予定が、偶然回避しています。明石家さんまは、この事件以降、基本的に飛行機は避けて生活しており、東京から大阪への移動は新幹線になっています。JALのこの事件は様々なまとめが残っており、悲惨な状況を今でも克明にすることが出来ます。

悲しい生い立ち、そして最愛の弟を失った明石家さんまが、危うく飛行機事故で亡くなるところを、偶然回避したのは、運命のめぐり合わせだったかもしれません。まだ、弟がこちら側に来るのは早いと、明石家さんまの運命をずらしたのかもしれませんね。

明石家さんまの娘と弟の関係

明石家さんまと大竹しのぶの間には、IMALUという娘がいます。彼女の本名である『いまる』の名付け親は、明石家さんまです。これは明石家さんまのキャッチフレーズ『生きてるだけで丸もうけ』が、由来となっています。

弟の死、飛行機事故の偶然の回避。明石家さんまは、そういう出来事を乗り越えて、生きているだけで十分なんだという人生観を持ったようです。それだけに、明石家さんまと大竹しのぶの間に生まれた娘に、その自分の座右の銘を授けたのです。それだけ、明石家さんまにとって娘の誕生は嬉しい出来事だったようです。

お笑い芸人として、明石家さんまは大竹しのぶとの結婚していた時期は、あまり評価がよくありませんでした。かなり天然ぶりが強い大竹しのぶに振り回され、私生活も大変だったようです。いまでこそ、お笑いのネタにしているものの、お笑い芸人としては停滞期でした。

明石家さんまと弟と自分の子供

明石家さんまは、子供のときの継母に冷たくされた経験、そして義理の弟との関係から、自分の子供に対しても、しっかりと配慮して関係づくりを行っています。それは、大竹しのぶの連れ子である二千翔についてです。

明石家さんまは継母と義理の弟とのことを思い出し、大竹しのぶの連れ子である二千翔、そして大竹しのぶとの間の娘のいまるには、自分のことを『ボス』と呼ばせました。それは『パパ』という呼び名を用いることなく、家族の中で血のつながっている、いないを関係ない関係にしたかったようです。

そのため、二千翔はは連れ子であることを意識せず大きくなれたと言われています。普段冗談ばかりを言っている明石家さんまからは想像できない、気の配りようですよね。そういう優しさはアピールすることなく、関係者を通じてまとめらていく中で、発覚したことです。

いまでも明石家さんまと大竹しのぶたちは仲良し

大竹しのぶが明石家さんまと離婚した理由は、女優業を続けたいという理由があったからと言われています。明石家さんまとしては、子供のこともあり、できれば家に居てほしいと思っていたようですね。女優として、芝居がしたいという気持ちを抑えられなかったようです。

明石家さんまが『バツイチ』という言葉を作った

離婚寸前で家族で見に行った映画『ローズ家の戦争』この映画の内容は、離婚で殺し合いするという内容だったらしく、これが最終的なきっかけとなって離婚したそうです。離婚会見で、額にバツマークをつけたのが、現在の離婚経験の『バツイチ』という言葉の語源にもなりました。

この動画では、二千翔が大人になって初めて映像に出演しています。大竹しのぶと明石家さんまについてや、一時期噂になった野田秀樹との関係についても、冗談を交えながら語っている様子が見れます。慶應義塾大学卒業し、現在は大竹しのぶやIMALUのマネージャーや、サイト運営の仕事など、マルチな才能を発揮しています。

明石家さんまは弟にとって自慢の兄

自慢の兄、義理の弟にとってはそんな存在だったはずです。なんでも相談してくれた弟が、なぜ自殺したのか。そういう悩みはいまでも消えないかもしれませんね。明石家さんまは、今でも睡眠導入剤を使用しているようですし、どこか生い立ちや弟のことを思い出す寂しさを、紛らわせようとしているのかもしれません。

いつも陽気なお笑い怪獣明石家さんま。しかし、その明るさの裏には、消せない孤独があるのだと思います。誰よりも孤独を知っているからこそ、人を笑わせたい。そんな強い信条を感じますよね。

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