英国王室を代表するヴィクトリア女王とアルバート公夫妻。さまざまなエピソードからヴィクトリア女王の生きた時代に思いをはせてみました。ヴィクトリア女王と子どもたちや愛犬とのエピソード、最愛の夫アルバート公との出会いや死別まで英国王室のラブストーリーをご紹介します。

ヴィクトリア女王はどんな人?子供やアルバート王との結婚写真も紹介

目次

  1. 海外ドラマや映画の題材になり再びヴィクトリア女王に注目が
  2. メディアに登場するヴィクトリア女王像
  3. ヴィクトリア女王の写真や肖像画
  4. ヴィクトリア女王が生きた英国王室
  5. ヴィクトリア女王誕生秘話
  6. 寝間着姿で即位したヴィクトリア女王
  7. ヴィクトリア女王とアルバート公の恋
  8. アルバート公との再会で恋に落ちたヴィクトリア女王
  9. ヴィクトリア女王の結婚の波紋
  10. ヴィクトリア女王自らプロポーズ
  11. 共通項が多いヴィクトリア女王とアルバート公のカップル
  12. ヴィクトリア女王自らデザインしたウエディングドレス
  13. お気に入りのウエディングドレスはその後も活用され
  14. ヴィクトリア女王とアルバート公の家族観
  15. ヴィクトリア女王アルバート公の子どもたち
  16. アルバート公のヴィクトリア時代
  17. ヴィクトリア女王と愛犬
  18. ヴィクトリア女王とアルバート公の間で交換された贈り物
  19. ヴィクトリア女王が描いたスケッチ
  20. 晩年のヴィクトリア女王の写真
  21. ヴィクトリア女王とアルバート公の英国王室

海外ドラマや映画の題材になり再びヴィクトリア女王に注目が

海外ドラマ『女王ヴィクトリア愛に生きる』や映画『Victoria and Abdul(原題)』で、再び注目が集まる英国王室のものがたり。特にヴィクトリア女王に関して興味をもって検索する人が増えているといいます。

英国王室で史上2番目に長期に渡って在位し、ヨーロッパの祖母と言われて親しまれているヴィクトリア女王。メディアが描くヴィクトリア女王のイメージにもやっぱり興味がわきますよね。写真や肖像画をもとに現代に再現されるヴィクトリア女王とその時代にすっかりイギリス王国ファンになった人も多そうです。

ヴィクトリア女王と聞くとどんなイメージがありますか?海外の長い王室の歴史上の人物で、肖像画や白黒写真の中の人物というイメージを持つ人も多そうです。ヴィクトリア女王は大の犬好き。乗馬の上手い健康的な女王で子宝に恵まれ、大英帝国を繁栄と安定に導いた人物というイメージを持つ人も多そうです。

一方では結婚相手に自らプロポーズをしたという情熱的な女性としての一面ものぞかせるヴィクトリア女王。最愛の夫であるアルバート公とは早くに死別し、その後は長く喪に服したというエピソードもあります。子どもや孫に囲まれた肖像画や写真の存在は、みんなのおばあちゃんとして親しまれるイメージというのもうなずけますよね。

メディアに登場するヴィクトリア女王像

映画『Victoria and Abdul(原題)』のヴィクトリア女王役ジュディ・デンチ

2017年9月にすでに海外では公開されている映画『Victoria and Abdul(原題)』では、ジュディ・デンチがヴィクトリア女王を演じ話題を提供しています。ジュディ・デンチといえば海外映画『Queen Victoria 至上の恋』に次いで再びヴィクトリア女王役を演じているわけで、安定の女王ぶりですよね。

ジュディ・デンチはイギリス出身。1934年12月9日生まれの82歳です。身長が155㎝と小柄で、ヴィクトリア女王役のリアルさは強烈です。若いころは“007のM”役で知られたジュディ・デンチ。海外映画『オリエント急行殺人事件』(2017年)の出演も話題になりました。

海外ドラマ『女王ヴィクトリア愛に生きる』のヴィクトリア女王ジェナ・ルイーズ・コールマン

英国王室の歴史背景を掘り下げ、コスチュームやセットもリアルに再現して見せた海外ドラマ『女王ヴィクトリア愛に生きる』。ヴィクトリア女王を演じた女優ジェナ・ルイーズ・コールマンの公式インスタでは、豪華な王室のようすを再現した写真がたくさん見つかります。

とりわけヴィクトリア女王とアルバート公との出会い、恋愛模様、結婚の流れ、豪華な海外王室のセットやドレスにはまった女性ファンも多いといいます。海外ドラマ『女王ヴィクトリア愛に生きる』の写真や当時の美術品などの写真は、ヴィクトリア朝のイメージそのものです。ヴィクトリア女王とアルバート公の結婚や家族構成など、イギリスの歴史ものドラマの要素がたっぷりと堪能できます。

海外ドラマ『女王ヴィクトリア愛に生きる』の国内でのテレビ放映は、シーズン1が終了しています。海外ドラマ好きの間では、シーズン2の日本国内での放映を待っているという声も多いようです。英国歴史メロドラマは何かと重厚で、観たあとになって英国王室の歴史やヴィクトリア女王とアルバート公との恋愛模様などに興味を覚えたファンも多いのだとか。

海外女優ジェナ・ルイーズ・コールマンは英国出身。『ドクター・フー』『Emmerdale(原題)』『女王ヴィクトリア愛に生きる』といったイギリスのお茶の間におなじみの海外テレビドラマシリーズで人気を集めています。

『女王ヴィクトリア愛に生きる』でヴィクトリア女王役を演じている海外女優ジェナ・ルイーズ・コールマン。共演者でザクセン=コーブルク=ゴータ公国公子アルバート王子を演じる海外俳優トム・ヒューズとは公私ともにパートナーとしても知られています。

海外ドラマ『女王ヴィクトリア愛に生きる』は2016年に放送がスタート。すでに海外ではシリーズ2の放映が終了し、その継続はいわゆるバブルといわれる未定の状態です。しかし製作チームはシリーズ6までの構想があり、ヴィクトリア女王の晩年については、主演のジェナ・コールマンが継続しない可能性もあるとしています。

人気シリーズだけに、2017年はクリスマススペシャルの放映が予定されていて、本国イギリスをはじめ放送を楽しみにしているファンは海外・国内に多くいらっしゃるということに。

『女王ヴィクトリア愛に生きる』でジェナ・ルイーズ・コールマンとトム・ヒューズのファンになった人には、王室でのヴィクトリア女王とアルバート公のラブストーリー同様にふたりの結婚があるのか、そのあたりもちょっと気になりますよね。

ヴィクトリア女王を演じた女優ジェナ・ルイーズ・コールマンの魅力はもちろんですが、気になるのはヴィクトリア女王の人となり。妻として母として生きたヴィクトリア女王ですが、勇敢で強い女性像には興味が尽きないというファンの声もありますよね。

ヴィクトリア女王の写真や肖像画

ヴィクトリア朝を代表する英国王室のカップル、ヴィクトリア女王とアルバート公のカップル像や、それぞれの人となりについて写真や肖像画を交えてみていきたいと思います。当時のドレスやアクセサリー、ヘアスタイルにもヴィクトリア朝の流行を見ることができます。現在の英国王室のようすと比較して考えてみるのもおもしろいかもしれません。

1854年6月13日のヴィクトリア女王の写真ということですが、1889年に複製されたものということです。バッキンガム宮殿で撮影されています。ヴィクトリア女王が持っているのはアルバート公の肖像画です。この写真だけをとっても、ヴィクトリア女王のアルバート公への特別な思いが伝わってくるようです。

ヴィクトリア女王の肖像画は1840年のもの。白いレースのついたドレスにパールのブレスレット。ゴールドのバングルに大き目のレースのスカーフを持っています。ヴィクトリア女王といえばセンターパーツに分けた髪を三つ編みでまとめるヘアスタイルもおなじみですよね。

こちらは1844年のヴィクトリア女王の肖像画です。花冠とネックレスを身に着けています。ヴィクトリア女王が英国を統治した1837年から1901年の間には、イギリスの産業革命をバックグランドに大英帝国の絶頂期とも称される成熟期を迎えます。

資本家が勢力を増し、自由貿易が盛んになりました。この時代、ヴィクトリア女王とアルバート公は家庭の平和の象徴でもありました。ヴィクトリア朝では文学・建築・装飾品・ファッションの分野にも特徴的な傾向が見られますよね。

ヴィクトリア女王が生きた英国王室

ヴィクトリア女王は1819年5月24日生まれ。現在の英国王室で女王といえば、エリザベス2世ですが、エリザベス女王から見るとヴィクトリア女王は高祖母にあたります。「ひいひいおばあさん」ということになりますね。

エリザベス2世は2015年に高祖母にあたるヴィクトリア女王を超えて、現在まで英国王室における長期の在位記録を更新中ということになります。

ヴィクトリア女王誕生秘話

ヴィクトリア女王は1837年から1901年までの長期にわたり大英帝国及びアイルランドの女王として王室に君臨しています。現在、エリザベス2世に次ぐ歴代イギリス王国で最長の治世とされています。肖像画は18歳ごろのヴィクトリア女王です。

ヴィクトリア女王が生まれた当時の英国王室。父のケント公エドワードと母のケント公妃の間には子どもは一人しかおらず、ヴィクトリア女王は一人娘でした。

ヴィクトリア女王は父のケント公爵エドワード・オーガスタスとは生後8か月で死別しています。母親のケント侯爵夫人ことヴィクトリア・オブ・サクス=コバーグ=ザールフィールドは幼いヴィクトリア女王の将来の王位継承権を考慮し、小さいころからヴィクトリア女王を支配下に置いて育児を行いました。

ケント侯爵夫人は母としてヴィクトリア女王に必要な知識を教えることしなかったといわれています。年少者の娘が王位を継承したら、母としてケント侯爵夫人が影の権力者としての力を発揮するためだったといわれています。

幼いヴィクトリア女王の傍らには、すでに愛犬の姿が描かれています。犬が好きで裁縫や刺繍、読書などをして過ごす幼少期のヴィクトリア女王の姿は写真や肖像画に残されています。

ヴィクトリア女王は幼いころから絵画に親しみ、絵を描くことや日記を書くことが好きだったというエピソードがあります。2012年にはオンラインでヴィクトリア女王の膨大な日記の一部が公開され話題を集めていました。

寝間着姿で即位したヴィクトリア女王

ヴィクトリア女王は生まれたときの王位継承の順位は、3人の伯父と父などのあとの5番目という順位だったのですが、次々と伯父やその子どもが亡くなり、18歳で突然女王となることになりました。

ヴィクトリア女王が17歳のころの肖像画です。この肖像画から1年ほどで突然、女王の座につくことになりました。

ヴィクトリア女王がハノーヴァー朝第6代女王に即位したのはウィリアム4世が亡くなった1837年6月20日の早朝です。朝2時過ぎにウィリアム4世が亡くなると、カニンガム侯爵とカンタベリー大主教がケンジントン宮殿へ駆けつけます。朝6時に母のケント公夫人に起こされたヴィクトリア女王は、白い寝間着姿で応対したというのも有名なエピソードです。

ヴィクトリア女王とアルバート公の恋

最初は結婚の意思はなかったヴィクトリア女王

母や伯父、ベルギー王などの勧めで将来の婿として推薦されてはいたものの、当初は結婚には積極的になれなかったといわれているヴィクトリア女王。アルバート公のことを魅力的に感じていたとはいえ、周囲に結婚のお膳立てをされることにも拒否反応を示していたといわれています。

周囲のプレッシャーを面倒に感じながらも、アルバート公の魅力にすっかり一目ぼれしてしまったというのが、ヴィクトリア女王の本音だったということのようです。

アルバート公との再会で恋に落ちたヴィクトリア女王

1839年、ウインザーにやってきたアルバート公と再び対面したヴィクトリア女王は、アルバート公の美しさや教養にほれ込んでしまいました。アルバート公とヴィクトリア女王は母方のいとこ同士という関係です。

ヴィクトリア女王の結婚の波紋

当初、ヴィクトリア女王の結婚はイギリスと友好関係を結びたいベルギー王サイドの圧力は政略結婚を思わせるプレッシャーがあったといわれています。ヴィクトリア女王は母方のドイツ系の血筋があるということで、ドイツ系の婿を取ることは国民感情では反感もありました。前の国王からはオランダ系の王子を婿にという声もありました。

そんな中、ヴィクトリア女王とアルバート公は文通で恋愛を深めたといわれています。絵を描くのが好きなヴィクトリア女王ですが、アルバート公はボン大学出身で美術の知識も深く、気が合ったのだそうです。

ヴィクトリア女王自らプロポーズ

ヴィクトリア女王は初恋の相手アルバート公への恋を募らせ、自らアルバート公にプロポーズして結婚に踏み切っています。

ヴィクトリア女王といえば、幸せな結婚生活に恵まれた女性像を思い浮かべる人も多いのですが、自ら望んで結婚のプロポーズを行ったり、白いウエディングドレスを流行させたりと、意志の強いはっきりとした人となりもまた魅力です。

共通項が多いヴィクトリア女王とアルバート公のカップル

ヴィクトリア女王は身長が低く145㎝程だったといいます。一方のアルバート公の身長もやはり低めで167㎝程度。ツーショットが釣り合う小柄なカップルでした。

ヴィクトリア女王とアルバート公の結婚は1840年。結婚式が執り行われたのはセント・ジェームス宮殿です。当時のヴィクトリア女王は21歳でした。

ヴィクトリア女王自らデザインしたウエディングドレス

この際、ヴィクトリア女王は自らウエディングドレスをデザイン。現在では当たり前のようになっていますが、当時は珍しかった白いシルクのドレスで、フランスから取り寄せたシルクのベールを合わせ、オレンジの花冠にバラのブーケというコーディネートでした。


現在では、ウエディングドレスといえば白。純白のドレスを着ることが定説となっています。しかしヴィクトリア女王がアルバート公と結婚したころ、白い色は喪服の色であり、ウエディングドレスにはその時に流行している色を選ぶのが一般的でした。

ヴィクトリア女王のデザインした純白の可愛らしいウエディングドレスの写真がヨーロッパ全土に広がり、当時の花嫁たちの間で大流行したという逸話があります。

お気に入りのウエディングドレスはその後も活用され

ウエディングドレスはヴィクトリア女王にとっては大切なドレスだったようで、その後、お気に入りの末娘ベアトリスの結婚の際には、ヴィクトリア女王のウエディングベールやレースを着用しています。また、自身もべールを着用した写真がのちにも見られています。

末娘ベアトリスはヴィクトリア女王と同居し、秘書として晩年までヴィクトリア女王を支えました。結婚式のウエディングドレス姿は写真も残っています。

ヴィクトリア女王には5人の娘がいたものの、自分がデザインしたウエディングベールを着用させたのはベアトリス一人だけでした。

ヴィクトリア女王とアルバート公の家族観

ヴィクトリア女王は若くして父と死別し、母からは偏った愛情を受けて育っています。一方のアルバート公も、両親の結婚が破たんしたことをきっかけに、母と生き別れになっていました。家庭環境に恵まれなかったという共通の経験があったヴィクトリア女王とアルバート公の結婚生活は、それぞれの小さいころの経験が反面教師となり、暖かい家庭を作ることに成功したといわれています。

結婚後2か月で最初の子どもを懐妊したヴィクトリア女王。最終的には9人の子どもに恵まれることになります。

ヴィクトリア女王アルバート公の子どもたち

ヴィクトリア女王とアルバート公との間には、4男5女の9人の子どもを授かっています。娘はそれぞれドイツなどに嫁ぎ、孫やひ孫がさらにヨーロッパ各国の王室へと入っていきました。その過程でヴィクトリア女王は「ヨーロッパの祖母」と言われるようになります。

1853年2月のヴィクトリア女王の写真です。写真中央のチェックのショールを羽織っているのがヴィクトリア女王。上の4人の子どもたちと一緒に写真に撮影されています。写真の左から右へ向かってアルバート・エドワード、ヴィクトリア、アリス、ヴィクトリア女王のお隣がアルフレッドです。

孫に囲まれたヴィクトリア女王の写真もあります。アリスの娘のヴィクトリア、エリザベス、アリックスの3人に囲まれたヴィクトリア女王。写真の中央のヴィクトリア女王は右側を向いています。

子宝に恵まれ、幸せな家庭生活があったヴィクトリア女王ですが、最愛の夫アルバート公は42歳で亡くなってしまいます。ビクトリア女王は夫没後はずっと喪服を着て過ごしたというエピソードもあります。

アルバート公のヴィクトリア時代

ヴィクトリア女王と結婚したアルバート公。1819年8月26日ザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の次男として生まれました。20歳でヴィクトリア女王と結婚しています。

ドイツ人として堅実で、無駄なことが嫌いだったというアルバート公。王室の無駄を整理し、経済面でも大きなメリットをもたらします。

1851年ロンドン万国博覧会のスポンサーとして活躍。万博を大成功に導きました。ワイト島にオズボーンハウスを建設し、ヴィクトリア女王と子どもたちが過ごす時間を大切にした家族思いの人物像も知られています。

ヴィクトリア女王の秘書として顧問として活躍したアルバート公。ヴィクトリア女王が感情的になる場面でも、沈着冷静に対応する堅実な人物像が語り継がれています。

ヴィクトリア女王と愛犬

ヴィクトリア女王が流行を作ったできごとが多く語られるのもヴィクトリア朝の特徴かもしれません。ペットブームを巻き起こしたのもヴィクトリア女王といわれています。英国では、産業革命以前は犬は狩猟や荷物の運搬などのために使役するもので、ペットとして人々の生活に入っていったのは19世紀以降です。ヴィクトリア女王はたくさんの愛犬をかわいがっていて、ドッグショーにも出場させています。

画家のサー・エドウィン・ランドシーアにアルバート公が依頼し、ヴィクトリア女王宛てに製作された愛犬カーナッチのポートレートです。エオス、イスレイ、カーナッチ、ダンディ・ディンモントという4匹のロイヤルドッグをペットにしていたヴィクトリア女王。犬好きとしてよく知られています。

イギリス王室はいまでも愛犬家として名高いですし、動物愛護団体の活動も活発です。こうした犬好きの歴史は、ヴィクトリア女王から始まったといっても過言ではないかもしれません。

ヴィクトリア女王とアルバート公の間で交換された贈り物

ヴィクトリア女王とアルバート公は結婚生活の中でお互いにさまざまなプレゼントを交換しています。夏の休暇を過ごすバルモラル城は現在でも英国王室の大切な財産。チャールズ皇太子とダイアナ元妃の出会いの場所でもありました。幼いウィリアム王子とヘンリー王子がダイアナ元妃と最後に電話で会話をしたのもバルモラル城だったと伝えられています。

1842年、アルバート公が長女の顔をモチーフにデザインを依頼したというブローチ。ヴィクトリア女王へのプレゼントです。

アルバート公が42歳で急逝すると、建設途中だったロイヤル・アルバート・ホールを完成させたのはヴィクトリア女王です。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は1851年のロンドン万博の収益をもとに産業博物館としてスタート。当初ヴィクトリア女王はアルバート博物館という名前にしたかったと語ったそうです。

ヴィクトリア女王が描いたスケッチ

絵を描くのが好きだったというヴィクトリア女王。娘のアリスを描いた絵が残っています。静かに読書をする横顔をスケッチしています。

末っ子ベアトリスを描いたスケッチもあります。ヴィクトリア女王のスケッチに娘たちへの母としての視線が見えます。

晩年のヴィクトリア女王の写真

孫のヴィクトリア・ユージェニー・オブ・バッテンバーグと一緒に撮影されたヴィクトリア女王の写真。1897年の写真です。

アルバート公没後はクリスマスをオズボーン・ハウスで過ごしていたヴィクトリア女王。1900年のクリスマスもオズボーン・ハウスに滞在しています。年明けの1月には体調を崩していました。息子のエドワード7世、孫のヴィルヘルム2世 (ドイツ皇帝)に看取られたヴィクトリア女王。ポメラニアンのトゥリをベッドにのせるようにというのが最後の言葉だったそうです。

1885年発行の英国人名辞典によれば、ヴィクトリア女王はお気に入りだったウエディングベールを身に着け、黒ではなく真っ白のドレスで旅たったということでした。

傍らにはアルバート公の寝間着、石膏で作られた手の模型、反対側の傍らには、密かに再婚したという説も根強くある使用人のジョン・ブラウンの髪の毛一束と写真があったといいます。しかしそれが外から見えないように、花で埋め尽くしてあったということです。

ヴィクトリア女王とアルバート公の英国王室

映画やドラマで気になった英国王室の物語。ヴィクトリア女王のエピソードをご紹介してみました。また英国王室のエピソードをご紹介することがあったら、いろいろまとめてみたいと思います。


評価 4.2/ 5(合計9人評価)

記事へのコメント

気軽にコメントしよう!

※コメントは承認後に公開されます。

アクセスランキング

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ